光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

私がブラジルに行くきっかけとなったのは、

「世界の子どもって?」

という疑問を持ったからです。
そんなことをお話しすると、
必ず、
「では、日本と世界の子どもの違いって何ですか?」
という質問をされます。
今までは、
「日本も世界も、
子どもは子どもなのだということを知りました」
と、
答えていました。

これってどういうことなのだろうか?

先日、
写真家の田沼武能氏のお話(読売新聞2019年3月23日夕刊)を読んでいて、
「働く子ども、
満足に食べられない子ども、
裕福な家庭の子ども、
学歴競争にさらされている子どもなど、
世界中にいろいろな境遇の子どもがいます。
でも、
「遊びたい」という気持ちと、
遊びから社会のルールなど多くのことを学ぶことは、
どの国の子どもにも共通しています。」
とあり、
感銘を受けました。

子どもを通して人間を学ぶ。
その中心は、
「遊び」
にあるのだと。

遊びたいと思える、
遊べる環境があることが、
どんなにも大切なものであるか、
改めて感じさせてくれました。

日本語には、
話し言葉として同じ“音”のものは、
たくさんあるのだが、
その言葉一つ一つの意味に、
大きな違いがあるものがある。

「きく」

もその一つではないだろうか。

「聞く(hear)」は、
相手が一方的に話していることを「聞く」ことを意味する。
ラジオやコマーシャルを聞いたり、
駅でのアナウンスを聞いたり…
こういった場合の「きく」である。

「聴く(listen)」は、
相手の心情や立場を推し量りながら、
「深くきく」ことを意味する。
話を聴く、
意見を聴くなどといった行為は、
“傾聴”していることを表す。
私の仕事において、
「きく」
というと、
この「聴く」を示すことが多い。

最後に「訊く(inquire)」とは、
疑問に思ったことや、
関心のあることを、
当事者に尋ねてみることを意味する。
真意を訊く、
本音を訊く、
事実を訊くのように、
知りたいことに対する質問として投げかける行為を意味する。

こうしたことを分かったうえで、
使い分ける必要があるのだ。
ぜひ皆さんも、
気にして使い分けてもらいたい。



https://www.yomiuri.co.jp/national/20190318-OYT1T50149/

やっとか。
というのが、
私の本音である。

義務教育が義務化されていない外国籍の児童にとって、
義務教育期間内の学校への通学は、
行っても、
行かなくても、
問題のないもの…
であった。
それでも、
就学年齢になれば、
学校への就学を前提にすることは、
当たり前のこと。
義務化となっていないことも問題だが、
日本語教育だけでなく、
自国とは異なる環境の中での生活を送ることを考慮し、
留年制度がない義務教育期間内の就学を柔軟にとらえるということが、
ようやく実現されるらしい。

今までは、
16才となる年の4月には、
中学ではなく、
高校に行く必要があった。
今回の改正で、
必要に応じて、
中学への就学が可能となるようだ。

日本でも、
外国籍に関わらず、
子どもに対する教育の実現がもっと柔軟に行われることを、
心から願っている。

昨年、
保育者と親のための学び&交流誌
「エデュカーレ」
で、
編集長の「汐見稔幸先生」と、
対談をさせていただきました。

その記事を見て、
コメントをくださった方がいます。
その方が書いていたこと、

「親ができることは、子どもを信じることだけ」

という言葉にハッとさせられた…と。

私自身、
日本の子ども達が気になり、
世界の子どもの様子を知りたいと思うようになりました。
今でこそ、
ブラジルでの活動が主体となっていますが、
やはりいつも、
どこかで伝えたいと思っているのは、
日本の子ども、
子育てをしている人たち、
保育、幼稚園関係者
に対してなのかもしれません。

今回のコメントは、
本当にうれしかった!
そして、
こうしたシンプルなこと、
それが実は、
とても大切だという事実。
ぜひ、
これからも発信していけたらなぁ〜と思います。

多文化共生とは、
「国籍や民族などの異なる人々が、
互いの文化的ちがいを認め合い、
対等な関係を築こうとしながら、
地域社会の構成員として共に生きていくこと」
(総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より)
です。

多文化主義とは、
「一つの国で様々な言語・文化が共存することを素晴らしいと考え、
その実践に努めること」
(歴史人口学者:エマニュエル・ドッドより)

同じ“多文化”という言葉を使っていても、
解釈は異なるのだと、
下記の記事を読んで知りました↓
https://www.yomiuri.co.jp/commentary/20190227-OYT8T50146/

共に生きていくことを前提とし、
自身の文化に自信を持ち、
お互いの文化を認め合う。

現代に適応していく中で、
自己を見失わないように努める。

その気持ちが今、
とても重要な気がしています。
そんな思いを再確認できた、
上記の記事でした。

我が家の娘たちは現在、
中学2年生と小学5年生。
日本とブラジルで生活し、
学校に通い、
その両方の言語(日本語とポルトガル語)で
話し、
読み書きができます。
日本でも、
ブラジルでも、
授業に参加するために、
問題があったことは一度もありません。
それでも、
文章読解、
作文など、
母語となる言語の揺らぎがあるのではないか?
と考える場面は、
何度もありました。

「1,2,3歳 ことばの遅い子」(ぶどう社)中川信子著
を読みながら、
これは、
外国に繋がる子どもたちなどにも通じる部分があるのではないか?
と思うことがありました。
その中に、

「身体が健康で、
心が安定していることが、
ことばの育ちの前提条件なのです」

という記述があります。
大脳が受け持つ「ことば」。
それは、
身体の働きをつかさどる脳=脳幹
心の働きをつかさどる脳=大脳辺縁系
に支えられている。
という事実があるからです。

何よりも、
子ども時代に健康で、
心が安定できる環境で育つこと。
それがあって、
ことばというものが育つのだ。
その事実は、
私に大きな安心を与えました。

娘たちはこれからどんな人生を送り、
どんな困難が待ち受けているかもしれません。
それでも今、
子ども時代を過ごした時間、
それがどれだけ豊かなものであったかを思うと、
勝手に
“大丈夫”
と思えてくるのです。

そう感じられる子ども時代を、
全ての子ども達が送れますように…
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人の心は、 例えば筋肉と同じで、 疲労が蓄積されれまで、 休む必要があります。 下記のサイトには、 https://article.auone.jp/detail/1/1/1/7_6_r_20190223_1550905252070933?ref=top 最近の行動心理学や社会心理学の分野での常識の1つが、 「人間の判断力や意志力といった精神力は有限である」 と、示されています。 昨今では、 インターネットの普及により、 心が常に緊張状態を強いられているのだそうです。 なぜか? いつも、 何か、 誰か、 からの連絡がくるかもしれない…と、 構えていて、 休む暇がないからかもしれません。 私は基本的に、 スマホを手に持つ時間が決まっていて、 それ以外は、 必要に迫られない限り、 手元に置いておきません。 連絡にきづかない! と、 お叱りを受けることもあるのですが、 私はこの距離感が、 自分には合っていると感じています。 人それぞれの距離感はあるにしろ、 オフ を作ることは、 大切ではないか。 そう強く感じている、 今日この頃です。

先日、
久しぶりに何度も、

「センス・オブ・ワンダー」レイチェル・カーソン著
の名前を目にしました。
その中でも、
下記の文章には、
以前にもまして、
思うところがたくさんありました。

「わたしは、
子どもにとっても、
どのようにして子どもを教育すべきか頭を悩ませる親にとっても、
「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています。

子どもたちがであう事実のひとつひとつが、
やがて知識や知恵を生み出す種子だとしたら、
さまざまな情緒や豊かな感受性は、
この種子をはぐくむ肥沃な土壌です。
幼い子ども時代は、
この土壌を耕すときです。」

大人になるにつれ、
知識に重きを置きがちですが、
幼い時から尚、
“心”で感じることは、
それ以上に大切であるのだと。

さて、
久しぶりに「センス・オブ・ワンダー」を手に取り、
読んでみようと思います。
417E87TZH8L._SX322_BO1,204,203,200_続きを読む

2019年2月19日の読売新聞朝刊で、
気になる記事がありました。

「6〜7歳男子の半数
行動に落ち着きない」

「いつもそわそわと落ち着きない子どもが増え、
6〜7歳男子の半数に上ることが、
研究者や学校教諭らで作る
「子どものからだと心・連絡会議」の調査で分かった。
(中小略)
前頭葉機能が不活発なタイプは、
物事に集中するのに必要な興奮の強さと、
気持ちを抑えるのに必要な抑制の強さの両方が十分に育たず、
(中小略)
興奮の強さが育つと、
それに伴って抑制の強さが育つ。
興奮の強さを育てるには体を動かして遊ぶことが必要だが、
夢中になって遊び込むことがなくなったため、
興奮が育たず、
抑制も育たなくなったのではないか」

遊びが大切。
体を動かすことは重要。
昨今は乳幼児期の子ども達と接する上で、
大切なこととして認識されていることです。
それでも、
自由に体を動かす時間や空間、
夢中になって遊び込むことのできる時間と空間というのは、
まだまだ足りないと言わざるを得ません。
幼稚園や保育園ではもっと積極的に、
家庭でも週末などに時間を取って、
ぜひ少しでも乳幼児期にこうした時間を取り、
就学年齢に備えることができればと、
願ってやみません。

JICA草の根技術協力事業として、
2013年から始めた活動の一つ、
「ライフスキルトレーニング」
今では、
アラカチ市内13校にて実施されています。
全ての学校が同じように導入される…という素晴らしい状況には及ばず、
指導力の差もあり、
難しいこともまだまだたくさんあります。
それでも、
トレーナーとして、
指導教員として、
生徒に授業を行う場を定期的に設け、
子ども達の意見を聞き、
少しでも彼らの将来がより良いものとなっていくことを
願うばかりです。

そして2019年。
今年度の授業が開始され、
ライフスキルトレーニングの授業風景が届きました!
こうして教師自身が自主的に行っている様子を見ることができ、
本当に嬉しい!
この学校では、
学校長との話し合いの中で、
週に一度の導入を決めたらしい。

テーマにしたいこともたくさんあると思うので、
これからを楽しみにしています。IMG-20190215-WA0002
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