光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

42ff0f8d.jpg私が辿り着いた先。
それは“カノア・ケブラーダ”と言うところでした。
バスを降り、繁華街を抜けていくと目の前に広がる真っ青な海と真っ白な砂丘。
青と白のコントラストが素晴らしい。
初めて村に足を踏み入れたとき、
その瞬間に子ども達がわぁ〜っと駆け寄ってきた。
光り輝くその笑顔。
その瞬間、私は『天使に出会った』と思った。
しかしただ一人、母親のスカートの陰に隠れている女の子がいた。
その子の名前は“エレナ”。
当時2歳の彼女は私がまるで“宇宙人”かのように怖がり、目を合わせようともしなかった。
観光地として名高くなっていたカノア。
しかし、東洋人はまだ珍しかったようだ。
保育士である私は子どもが大好き。
何とか彼女の心を開きたいと近くによって見ると、
わぁ〜っと大泣きされてしまいました。
それから何度も彼女に会いに行き、
打ち解けようとしてみるものの
どうしても難しい。
エレナは村の中で私を見つけると目を閉じ、両手を前に出して歩き出す。
私を見ないように・・・
数ヵ月後、私はサンパウロへと行く事になった。
すでに私の故郷であるかのように感じていたためか
何だか寂しい。
そしてカノアを後にしたのだった。

それから数ヵ月後、カノアに戻った私のもとに
たくさんの子ども達が笑顔で駆け寄ってきてくれた。
その中に、なんとエレナがいるではありませんか!!!
大きな目に大きな口をしたエレナ。
彼女の笑顔を見れた私は心から嬉しく、そして本物の天使を見た気がしました。
1年後、住民と共に運営していた保育園の私のクラスに
エレナが入園してきました。
初めてあったときなど覚えていない彼女。
彼女に受け入れてもらったことが今のわたしに繋がったことは間違いありません。
そんなエレナも現在9歳。
これからどんなことが待ち受けているのか。
それを住民達と一緒に歩んでいきたいと思っています。

広大な海

ブラジル、サンパウロのファヴェーラ(貧民街)での一年間が始まった。
言葉も分からず、右も左も分からない・・・
でも、何だか意欲だけは十分な私。
ここに来た本当の目的。
それは、
『日本の子ども達に光を取り戻すためには?』
と言うことでした。
大きな事を言っているようで恐縮ですが、とにかく、保育士として、子どもと日々接している私にとっては子ども達が元気じゃないというのは世界の終わりのようなものなのです。
20歳そこそこの私に一体何が出来るのか。
それは分かりませんが、とにかく信じたものに取り組んでいこう。
ただそれだけでした。

一年なんてあっという間。
気づけばもう日本への帰国が迫っていました。
“私は何をしにここに来たのだろうか?”
日本の文化を紹介し、日本という国を見つめるいい機会ではあった。
ただ、私がここに来た目的に指先すら触れずに一年が過ぎてしまったと言う事実が目の前にあるのです。
このままではいけない。
このまま日本に帰るわけには行かない。
そう思った私は、私が参加していた社会活動の創始者である『ウテ・クレーマー』さんに相談をしました。
ドイツ人である彼女は、ブラジルのサンパウロにあるファヴェーラで現在(1999年当時)保育所、幼稚園、乳児園、学童教室に家具工房、織物工房、障害児施設に訓練所などなど文化や芸術に至るまでを地域住民と共に作り上げてきた人でした。
心から尊敬する彼女への相談。
そして・・・
「あなたはサンパウロでこのままいてもあなたの目的、目指すものを見つけることは出来ないのではないか?同じブラジルでももっと違う土地に行ってみたらどうだろう?」
サンパウロなどの大都市のファヴェーラ住民のほとんどはブラジル東北部からの国内移民である。夢を求めて、一攫千金を目指して故郷を捨ててまでやってきた。そこに待っていたものは厳しい現実。
昔以上に貧しい生活、多くの子どもはストリートチルドレンになってしまう。
それでも未だに大都市への国内移民は耐えない。
“なぜ皆故郷を捨ててまで?”
理由は様々であるが、ブラジル国内でも最も貧しい地域である東北部の教育、保健医療などの元でこれ以上暮らしていけないと言うのが本音なのではないだろうか。
東北部での暮らしが向上すれば、大自然の中で夢や希望の持てる暮らしが出来ればわざわざ大都市に行き、ファヴェーラを形成して昔以上に貧しい暮らしをすることはないのではないか?
そんな思いを乗せて、私はブラジル東北部へと旅立って行ったのでした。
ー続くー

d091b135.JPGやっとブログを始めました。
自分が感じたこと、思っていること、そして、学んだことや伝えたいこと・・・
どんなことができるか分かりませんが、とにかくどんどん書いていきたいと思います。
私の住む小さな村。
ブラジルの片田舎にある小さな漁村。
そこで繰り広げられる事を皆さんにお伝えしていけたらと思っています。
まずは自己紹介。

私がブラジルに行くことになったキッカケは知人の一言でした。
保育士である私は、学生のときだからこそ、海外の保育も見てみたいと強く願っていたため、どこかで受け入れてくれるところはないかと探していたのです。
そんなときに出会った知人が
『ブラジルなんてこんな機会がなければ行かないでしょ?』
その通り。
休みを利用して3週間ブラジルに行くことになりました。
紹介された保育園はブラジル、サンパウロのファヴェーラと呼ばれる貧民街の中にある保育園。
そんなことは露知らず、足を踏み入れた私が始めて出会ったのはボロボロの服を身に纏い、鼻水をたらしたキラキラと輝く目を持つ子ども達でした。
ひょろりと長い手足。
しかし、なんともエネルギッシュでダイナミックな遊びを繰り広げることか!!!
日本の子ども達に足りないもの、失われてしまったものがここにあるのではないか?
その疑問を解き明かすべく(ってそんなかっこいいものではないですが)、この保育園で働きたいと思ったのでした。
しかし、言葉も分からず、保育の経験にも乏しい私をすぐに受け入れてもらえることは出来ず、2年間足らずを日本の保育園で過ごし、再びブラジルへと旅立ったのでした。
ー続くー

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