光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

3056b37c.JPGつい先日、
エステーヴァン村を昔から知っている人と話をしていたところ、
こんな事を言っていた。
『私と弟は、
同じ両親から生まれたとは思えないほど、
180度、全く異なる性格をしている。
話し方や姿かたち、
興味のあるもの、
何もかもが全く違う。
それでも兄弟なんだよね。
それを考えると、
この村ってすごいよ。
この村は3家族から始まり、
今では人口300人にまでになった。
皆親戚、
皆家族、
っていいながら、
人はそれぞれ違うということ、
個性というものを
きちんと尊重している。
こういう関係が
村、地域という場で出来ているなんて奇跡に近いよ。』

確かに、
私自身の兄弟を思い浮かべても、
皆それぞれ全く違う。
そうでなければ気味が悪いし、
違うからこそお互いに補えることもある。
違うからこそ、
その意見が自分にとっては新鮮だったりして、
後に色々と考えさせられることもある。
しかしそれと同時に、
その個性の違い、
異なるという事を受け入れられるかどうかという事は
全く別な問題だと思う。
異なるという事を、
兄弟だけではなく、
友だちや同僚、
地域の人々に対しても考えてみると、
それを意識することなく、
受け入れることが出来るかといえば、
それは難しい問題であるのかもしれない。

この村では、
地域が“生きている”。
そう感じさせられることがよくある。
だからこそ、
土地の問題や、
近所問題、
痴話げんかも絶えず、
その噂話といったら毎日どこかで行われている。
お互いを受け入れ、
尊重しているからこそ、
お互いにぶつかり、
認め合える。
そういった間柄になれるのかもしれない。
ただ、
そう簡単に割り切れるものだけではなく、
時にはそれが原因で
何十年も顔をあわせていないという
そんな関係もあることは事実だ。


子どもたちを預かっていると、
その保護者や家族が
無条件にその子どもたちの違いを受け入れ、
認めている様子を
何度となく見かけることがある。
こういった関係が
今後とも続いていって欲しいと
願っている私なのです。

e2ec2283.JPG今年度より、
年に6回、
2ヶ月に一度の割合で
専門家を招き、
講座を開く事になりました。
・性教育
・保健・衛生
・歯科指導
・環境教育
などなど・・・

そして本日、
“性教育”講座が開催されました。
地域住民を対象にした講座ですが、
初回の今日は
23名の参加。
そのうち5名は10〜12歳。
一番来て欲しかった
15〜20歳の青少年は少数に留まりました。
しかも、4名を除いては全て女性。
こういった講座に対する関心や興味、
その重要性に関しては
今後も続けて伝えていかなければならない課題のようです。
(ほとんどの男性陣はサッカーをしていたようです)

まずは自分の体を知ること。
学校で性教育が履修となっていないため、
『性教育』というものが何なのかすら知らない人もいました。
一人が模造紙の上に横たわり、
体の線を描いていきます。
そして、
そこに足りないものを皆でうめていく事から始めました。
“洋服を着せよう”
という声に対し、
『洋服を着せますが、それは透明なので体の全てを見ることができる。
そういう事にしましょうね』
といって、
皆は納得し、
書き込んでいきました。
そして、
それぞれについて説明があり、
その後、
子宮などの体内部の話をし、
絵や写真を見ながら学んでいきました。
そして、
妊娠とそのリスクに関して、
性病に関して、
それぞれ説明があり、
生理やその周期についても説明がされました。
その後、
コンドームやその他の妊娠予防の手段を披露してくれ、
実際にコンドームの付け方も教えてくれました。
妊娠予防に関しては、
間違った知識が一人歩きしていたようで、
正しい知識を学ぶ機会を得ることが出来ました。
最後に質疑応答が行われ、
コンドームの配布をし、
講座が終了となりました。
“参加できなかった友達、
兄弟など、
皆に今日知った事を伝えていきましょう!!”
という言葉に対し、
大きく頷いていたのが印象的でした。

家庭内で日々語り合いながら、
性教育を学んで行く事が望まれるが、
こういった話しをしずらいという家庭が多くある。
だからこそ、
先生や友達、
話しやすく、聞きやすい相手と共に
学んで行く事が大切です。
その言葉を最後に、
講座が終了しました。

こういった機会を常に設け、
これからも地域に貢献していける事を
願って止みません。

dc193fcf.JPG私の現地での肩書き、
『事務局長』
『教育コーディネーター』
そして、
『主任』←保育園

施設の改装のために、
出来ることはみんなでやりましょう!!!
ということで、
ペンキ塗り、
砂ならし、
足場固め、
柵作り、
庭造り、
などなど、
色んな事をしました。
そして、
新年度開始にあたり、
カノアの観光地をあるき、
プロジェクトの説明をし、
複数のお店から
食糧支援を得ることが出来ました。
まだ2、3件残っているのですが;;;
↑仲間と一緒だから出来るんですよね!!!

そんなことをしながら、
フォルタレーザへの出張、
プロジェクト開発会議、
事務局会議、
その合間に、
教材の仕入れ・・・

ようするに、
肩書きがたくさんあり、
なんだか偉そうですが、
結局は
“雑用係”!?なのではないか。。。
と、
ふとそんな事を思う私。
でも、
雑用係だからこそ、
保育園のこと、
子どもたち一人一人のこと、
庭の草木のこと、
保護者のこと、
地域の事を
くまなく知ることができます。
これらは、
私にとっては“財産”と呼べるような、
そんな素敵な宝物です。

なので・・・


明日も、あさっても、
雑用係、
頑張ります♪

8b891e67.jpgブラジルは自然保護及び環境教育について、
世界的にも逸早く法律にまとめ、
その大切さ、重要性を
義務教育課程に盛り込むほど、
熱心に取り組んでいます。

世界的に見ても、
アマゾンの森は重要な保護資源であり、
その自然保護は
いまや世界各国が競うように行っています。

そんな中、
IBAMA(再生可能資源院)がこんな規則を発表しました。
“炭の作製及び売買の禁止”
自然破壊が進む現在、
森の木を必要以上に切り、
それらを炭として売買する事が
自然保護の観点から見ても
重大な問題であると判断したようです。
シュハスコという、
いわゆるバーベキューが有名料理のひとつでもあるブラジル。
一体どうなるのでしょうか?

エステーヴァン村の人は言います。
『炭がないのなら、
昔のように森に薪をとりに行くよ。
人がその日に使う分だけ取りに行く。
だから、
自然を必要以上に破壊することもないし、
自然との共存を考えるならば、
その方がいいに決まっている』

68ef3a1f.jpgここ数日、
私の住むここカノアに
活動を見てみたいという人が訪問してきてくれています。
多くは私も以前参加していた
“モンチ・アズールコミュニティー協会”のボランティアなのですが、
中には
新聞や雑誌の記事で見たので・・・
といって旅の途中に連絡をくれ、
ブラジル人にも“地の果て”といわれるようなここカノアに、
わざわざ来てくれている人もいます。
そして、
この大自然に圧倒され、
2日が4日に、
4日が一週間・・・
と、
帰れなくなってしまっている人もいます。

尋ねてきてくれた人に
私がぜひ見て欲しいと思っているのが
『夕日』。
砂丘を登り、
その向こうに広がる森を眺めていると、
地平線に沈んでいく夕日を見ることができます。

カノアで活動を始めたばかりの
ある日、
子どもたちと一緒に砂丘を登り、
夕日を眺めていると
『真由美のお母さんとお父さんにおはようって言ってね!!!』
と、
夕日に向かって子どもたちが満面の笑顔と共に叫びました。
それは、
少し日本を懐かしく思っていた私にとって、
“太陽が沈んだところに日本があって、
その太陽は
真由美の家族も見ているんだ。
遠くに居ても、
実はすぐそこに、
繋がっているんだ。
だから、
真由美の家族はすぐそこに居るんだよ。”
と、
子どもたちが教えてくれていたような、
そんな気がしたものでした。
子どもたちが何気なく言ったその言葉に、
私はとても感動し、
涙がこぼれてきた。

そんなある日の出来事を、
ふと思い出した私でした。

移動遊園地って見たことありますか?
私は生まれて初めて、
移動遊園地を見ました。

1月20日は“聖セバスチャン”の日です。
この日の前後2週間、
アラカチ市の中心街には
もう20年以上も前から
“移動遊園地”
がやってきています。
レジャー施設とは程遠い生活をしている子どもたち。
そんな子どもたちにとって、
年に一度のこの移動遊園地は
特別な日なのです。

クリスマスから長期休みに入り、
子ども達はせっせとお小遣い稼ぎ。
庭の掃除に、
買い物、
母親の仕事の手伝い(掃除や洗濯)に
兄弟の世話。
たまには観光客の車の番をして、
お小遣いを稼ぎます。
そうして稼いだお金を
貯めて、
移動遊園地にいけるように
しているのです。

移動遊園地の乗り物は全て一回R$1.00(約55円)。
お米1kgが大体R$1.80(約100円)
と考えると、
子ども達にとっては大金です。
メリーゴーランドにジェットコースター、
コーヒーカップに観覧車etc...
様々な乗り物があり、
その周囲には
ホットドッグやシュハスコ、
フライドポテトなどの屋台の他に、
洋服やCD、DVD、
おもちゃに鍋までもが売っています。

アラカチ市の中心街は通常、
夜になると人気がなくなり、
静まり返っているのですが、
移動遊園地のあるときだけは特別。
町全体がにぎやかに、
老若男女が入り混じり、
ワイワイと賑わっています。

初めての移動遊園地。
私にしてみたら、
安全性は?
本当に大丈夫?
と、
今にも壊れそうな乗り物に
不安を隠しきれませんが、
久しぶりのにぎやかな町並みと、
子どもたちの笑顔に、
小さな幸せを感じた私なのでした。

d8c5ce7f.JPG今、フランスの保育が注目されています。
2、3歳から受け入れ、
全て無償。
時間も午前中だけ、午後まで、夕方までと選べて、
100%就園だといいます。
エコル・マテルネルというその施設は
学校との連携も行われており、
保育園で蓄えられた子どもの情報が
きちんとその後の教育に生かされるよう、
配慮されているといいます。

ブラジルでは、
小学校は全て無償。
小学校に幼稚園が備え付けられている場合、
4歳児から受け入れますが、
これは机に向かってのお勉強といった感じで、
先生達も小学校の教師。
幼児について学んでいる人はいません。
手が掛かる子どもは
すぐに自宅に返され、
入学しても最後まで通う子どもは半分以下といった具合。

ドイツで保育士として働いている人と話す機会があり、
その時に
“保育の無償”
について聞いてみました。
ドイツでもフランスのエコル・マテルネルについてかなり学ばれており、
市によってまちまちだといいますが、
午前中、14時まで、17時までといったように、
時間帯を選ぶことができ、
無償とはいかないが、
月謝の負担を保護者にかけないようにと、
制度改革が進められているといいます。

カノアで私達が行っている保育園。
全て無償で行われていますが、
市からは食材や教材といった物資支援のみ。
保護者は
魚、
庭で取れたハーブ、
果物、
野菜などを持ってきてくれます。
皆で支える保育園。
全ての子どもが保育園に通えるように
無償で行い続けることは必須であるように思えます。
貧しさは様々ですが、
こういった場が、
保護者に、
地域に
必要とされている事実は
世界共通にあると思うのです。

『保育の無償』
この事について、
もっと色々な側面から
考えていく必要があるのではないでしょうか。

3d29c43d.JPG先日、
ある家族のことで、
共に働いているスタッフの何名かが激しい憤りを見せました。
自分達が確かに正しい事をしている時でも、
常に相手の立場を考えて
行動したり、
言動したりする必要があります。
しかし、
彼らにはそんな事を考える余裕も、
意志もなく、
ただただ怒りを表していました。
その日の夕方、
ある村人と話していたとき、
こんな事を言っていました。
『この村に住んでいる多くの人は、
この村を出たこともなく、
旅行といっても、
同じ気候、
同じ文化、
同じ生活様式を持った人々との交流が
唯一の経験だろう。
貧しくても、
何とか寝る場所があり、
食べるものがあり、
今まで生きてこられた彼らには
その根本が揺らぐという事が
どんなに辛いことで、
不安なことであるのかという事が
分からないのだろう』

この日、
私はバイオグラフィーの講演録を手に取りました。
そして、
20代での経験が、
その後、
どれだけ重要となってくるのか、
改めて感じたのでした。
その一部をご紹介させて下さい。

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21歳のときに訪れる重要な問いは、
「私は誰なのか」
という問いです。
この年齢は様々な事を体験する年齢です。
私達は経験を通じて、
自分を発見していきます。
小さな子どもが口にものを入れたり、
しゃぶったりして、
自分で確かめて世界を体験するように。

世界を体験するためには
インターネットなどのバーチャルな体験ではなく、
実際にそれを体験する、
生きてみるという事が大切です。
よその国、よその場所を知るとき、
同時に自分の持っている、
自分の国の事を深く知ります。
様々な価値観の違いという体験をします。

何でも欲しいと思います。
色んな勉強をしたり、
色んな仕事を体験してみたい、
いろんな人に会いたいと思うようになります。

若い人たちにとって、
世界を体験すること、
やってみること、
失敗することはとても重要なことです。
小さな子どもが歩けるようになるまで何回も転び、立ち上がるように、
そういう様々な経験、
失敗、
成功の経験を経たことのない若い人は
自分で生きる、
自分の独立した人生を歩くことが出来なくなってしまうのです。

自分で自分を評価することができない、
傷つきやすい、
浮き沈みが激しい、
そういう年齢です。

この時期が終わりに近づくと、
それまでの経験を秩序立てて置き直す作業をするときがやってきます。
それまでに様々な事を体験してあればあるほど、
豊富な財産を持っている事になります。
それまでに得た経験が少なければ、
どの体験が自分と本当に関係のあることなのか、
本当の自分とは何なのかを探すチャンスも減ってしまいます。

若いときに様々な体験をするという事は、
私達の魂、心にとって、
とても大切な栄養なのです。
私達はそれを材料として人生を生きていく事になります。

327ff0f2.JPGカノアでは、
現在施設の改装工事が進められています。
今まで使用していた施設から、
新しい場所に移るに際し、
子どもを受け入れるため、
地域に開放できるスペースを得るために
構想を練り、
改装工事が実現されました。
1月8日(月)から始められた工事は
現在まで順調に進んでおり、
新学期開始までには
何とか間に合うことが出来ればと祈っているところです。

さて、
カノアに10数年以上足を運び、
私の活動地である“エステーヴァン村”の住民達と
親交を深めてきた方がいます。
彼女はドイツ人と結婚し、
現在ドイツのフランクフルトに在住していますが、
それでも毎年、
この村を訪れ、
村の子どもたちのために大きな力を与えてくれています。

そんな彼女から、
『友人が年末からカノアに行くので、
よろしくね』
と、連絡がありました。
彼女自身は昨年、
一人娘が一ヶ月の滞在中に何度も足を運んだ
村の小学校分校に対し、
娘の一言から、
ドイツに戻って、
小学校分校の改装工事費支援として、
支援金を集め、
現在、小学校分校は
とても真新しい机やイスと共にキレイに改装されました。
そして今回、
彼女の友人や、
ドイツにある
kinder brajil.e.v.
という団体の支援を得ることができ、
私達の施設改装工事への支援金を
送金してくれました。
その団体の一人であり、
支援金を届けてくれた
ドイツ人で、保育士でもある“Jutta(ユッタ)”と、
興味深い保育対話をしました。

25年以上もドイツの公立の施設で、
3〜6歳の幼稚園クラス及び6歳以上の小学生クラスで働いてきた彼女は
近年の子どもに対し、
とても不安感を抱いているといいます。
3歳で幼稚園に来ても、
一人で食事が出来ない、
座っていられない、
オムツが取れていない、
会話が出来ない、
赤ちゃん言葉を話す、
何にも興味を示さない、
という子どもを多く見受けられるというのです。
核家族化が進み、
どうやって子どもを育てたらいいのかわからない親達。
地域というものが崩壊していて、
頼る人もいない、
とにかくおとなしくして欲しいから、
幼い時からテレビの前に子どもを座らせておく・・・
“コミュニケーション”の不足をすごく感じるといいます。
こういったことは、
日本の子どもたちにも見受けられるのではないでしょうか。
そして、
大自然の中で育ち、
地域社会が根強いこの村でも、
子どもたちの中には
一人で食事が出来ない、
多動、
といった子どもたちを見受けられるようになってきています。
ただ、
私の活動するこの村には
まだまだ子育ての知恵や
地域の繋がりが生きており、
それらを失わないようにすることが
大きな課題でもあります。

彼女は毎年一ヶ月ほどブラジルに滞在し、
そこで見る子どもたちから
ヒントや力、勇気をもらうといいます。
彼女との話は尽きず、
またの機会にもっと保育について話し合えたらと思っているのですが、
日本、ブラジルではない、
ドイツの子どもたちの様子や保育の様子を垣間見れた事が
とても嬉しく、
それと同時に、
現代の子どもたちに対する危機的な状況が
世界的に存在しているという事に
改めて気づかされました。

0b714d85.JPG最後となる今回はXariane(シャリアーニ)9歳。

私が初めて彼女を見たのは、
母親が泣き叫ぶ彼女を抱えて、
当時エヴァさんが住んでいた家に駆け込んできたときでした。
服は血だらけ、
顔は真っ青なシャリアーニ。
一体どうしたのかと聞いてみると、
庭先で遊んでいたときに、
お尻の穴に木の枝が突き刺さり、
血が止まらないのだという。
しかも、
その枝はまだ挟まった状態でした。

すぐに車を出せる人を探し、
病院に連れて行ってもらえるように
エヴァさんが手配し、
私はただただ、
血の気を失っている彼女を包んでもらうための
シーツを手渡すことしか出来ませんでした。

彼女はなぜか運がない。
A型肝炎の感染が、
ある村人に疑われたとき、
当時まだ5歳だった彼女も
幼いながらも感染していることが判明し、
治療を余儀なくされました。
他の家族は誰も感染していなかったのに、
どうしてか、
彼女だけ。

夢見がちなシャリアーニ。
ぼやぁ〜と、
どこを見るでもなく
椅子に座っている姿をよく見かけます。
何度名前を読んでも、
まるで違う世界にいるかのように、
返事をするまでに時間がかかる。
はっと目覚めたように、
ニコッとし、
応対する彼女。
『大丈夫かなぁ〜?』
と、
保育園を卒園するときにエヴァさんと心配したものでした。


そんな彼女も9歳。
旅立ちのときです。
ワンピースのよく似合うシャリアーニ。
今も夢を見ているのでしょうか?

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