光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

以前にも紹介したことがあるのですが、
カノア保育園の第一期生で、
今はドイツの大学で学んでいる、
"Viviane"が、
休暇を利用してカノアに戻ってきています。
ドイツ語の語学学校から、
大学への入学の際、
何を学ぼうかと悩んでいた彼女ですが、
自身の幼児期の体験から、
なんと、

「保育士」

になることに決めたそうです。
ということで現在、
ドイツの大学の教育学部幼児教育専攻で学んでいるとのこと。

自分の将来の夢を考えたとき、
今までの人生の中で一番幸せだった時、
その思い出が頭に浮かんだそうです。
そして、
自分自身もそんな風に子ども達に幸せを与えてあげたい。
だから、
保育士になりたいんだと話してくれた時の彼女の顔。
声。
表情。
しぐさ…
本当にうれしくて、
私の眼には涙がたまっていました。

夢の実現に向けて歩み始めた彼女。
今まで以上に、
応援していきたい。

皆さんもぜひ、
彼女を応援してあげてください!!
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2017年8月2〜4日の3日間、
慶応義塾大学医学部国際医学研究会の活動が、
Pedregal地域の学校で行われました。
サンパウロの眼科医、歯科医と研修生、
そして、
アラカチ市の大学、
FVJ(ヴァリ・ド・ジャグアリビ大学)の看護学部の学生、
アラカチ市保健局から看護師、医師、歯科医他、
皆さんの協力を得て実施されたこの活動。
毎年恒例となっているものの、
受け入れ体制が異なっていることもあり、
初日はいつもドキドキしてしまいます。

新学期始まってすぐの活動だったのですが、
学校関係者の素晴らしい対応と協力のおかげで、
予定されていた活動をすべて実施するができました。

全校生徒を対象にした今回の活動。
とにかく、
できる限りスムーズにすべての工程を行うために、
試行錯誤を重ね、
1日目の午後にはそれぞれの担当が自分のやりやすい方法をきちんと導き出せていたような気がします。

3日目。
初日にどうしても検査をしないと拒否を続けていた生徒に、
教師と一緒に話しかけていました。
彼は14歳。
出産時に水頭症を患っており、
知能障害、
視力の低下が認められていました。
右目は既に失明。
左目は視力が残り40%という状態。
せっかく眼科医もいるので、
ぜひ検査してほしいところ、
なかなか部屋に入ってくれません。
何とか教師が付き添いながら検査を開始。
最後の眼科医との診察の中で、

「先日母と眼鏡屋さんにいるお医者さんに行きました。
そこでお医者さんは、
“右目は失明、
左目もこのままでは失明する。
右目は眼球を取り出す手術をする必要があり、
スポーツなどの活動も控えた方がいい。”
と言いました。
母は泣いてしまいました。
だから僕は検査をしたくなかった。
これ以上傷つきたくなかった。」

と話しました。
それを聞いた私の友人でもある眼科医は、

「右目は失明し、
左目の視力は約40%。
それは間違っていないけど、
今の状態であれば、
左目の視力が失明まで至る危険はないだろう。
眼球の手術も、
痛みなどを伴っていないのであれば、
する必要はない。
スポーツや遊び、
自分の好きなことはどんどんやっていいよ。
だって、
今だって走ったり、
遊んだりできているんだろう?
もし必要なら、
明日お母さんを連れておいで。
直接話をしてあげるから。
必要な時はいつでも連絡して。
来年もまた、
ここに戻ってくるから。」

と語りかけました。
それを聞いた生徒は今まで見たこともないような笑顔を見せ、
本当にうれしそうに、
部屋を出ていきました。

1年に一度。
活動の一部は市の保健局が引き継ぎますが、
眼科医のこうした診察は、
この地域では貴重なもの。
私たちがこの活動を実施する意義を、
感じた瞬間でした。

関わってくれている皆さん、
本当にありがとうございます。
そしてまた来年、
お待ちしています!!
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私はいつも、
「自分らしく生きたい」
と思い、
まっすぐに、
馬鹿正直に、
時には周囲の人に迷惑をかけながら、
生きています。
それが可能なのは、
私自身がいつもゆるぎなく、
目指すところが少しずれたり、
寄り道をしても、
山の頂上を目指して、
登っている。
そんなイメージをいつも持っているからかもしれません。
それでも時には、
本当にこれでいいのか。
大丈夫なのか。
続けていけるのか。
と、
悩み、
苦しむことがあります。

下重暁子さんインタビュー 第1回
81歳の今だから語れること「子どものいない人生に一度も後悔はありません」
http://wotopi.jp/archives/59049
の中に、
こんな言葉がありました。

『いろんな人がいて、いろんな声がある。
その中で、毎日自分を確認していかなきゃいけないわけですから。
本当に間違いがないかな。
私は本当にそれで生きて行けるのかなと思考を繰り返すことで、
で自分という人の基礎ができる。
最初からしっかりしている人なんてどこにもいませんよ。』

私はまだ人生の半分くらいを歩いているところ。
なんだかこの言葉に勇気づけられ、
これからもまだまだ思い切っていけそうな気がしてきました。
さて、
目指すところは......

2017年7月18日(火)
今日、
今までカノアで実施してきた
「地域子育て支援ネットワーク」

市内の他地域に広げる第一歩としての集まりがありました。
JICA草の根技術協力事業で実施している活動の一つ、
「地域子育て支援ネットワーク」
2015年で終了した事業では、
カノア・ケブラーダ地区に創設し、
根付かせることが目的でしたが、
昨年より、
市内の対象6地域にこのネットワークの創設をすべく、
活動を開始しました。

昨年はカノアのメンバーに対する研修を行い、
それぞれが、
他地域に創設の手伝いをすべく、
トレーナーとして学んできました。
そして本日、
対象6地域…のはずが、
うわさを聞き付けた他の地域の方も参加して、
「地域子育て支援ネットワーク」
創設に向けての第一歩。

市民(コミュニティーリーダー)が中心となり、
自らの地域で活動するネットワーク。
このネットワークには
様々な職種の人が参加し、
活動を共にすることが根本としてあります。
今日の会合にも
保健局、社会福祉局、教育局からの参加者をはじめ、
市内にある大学関係者、
市議会委員も参加するなど、
アラカチ市において、
このネットワークが重要視されていることが伺える場となりました。

ポジティブなエネルギーを受け、
私自身もよりエネルギーを得た今日。
今後の活動にも大きく期待したいところです。
皆様ぜひ、
楽しみにしていてください!!
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私が保育士となり、
カノアで友人や地域住民と共に保育園を立ち上げ、
早17年。
卒園していった子ども達は数多く、
既に20歳を超えている、
結婚して子どもがいるという卒園児もいる。

先日、
社会福祉コンフェレンス市大会があり、
そのゲストスピーカーとして参加した人が、
こんな話をしていた。
彼女は自身を、

「生涯教育者」

といい、
教室で授業するときだけではなく、
自分がいる場所、
いる瞬間全てが、

“教育者”

であること。
それを誇りに思っていると語っていた。
いくつか自身の体験談を話されていたが、
それがどれも驚くことばかり。
パーティーを開いていた会場に強盗が拳銃を持って押し入った話。
海岸で二人組に襲われそうになった話。。。
しかしどれも、
最後には

「Tia(日本語でおばさんという意味。しかし、保育者などはこうした愛称で呼ばれる)、
私たちはあなたからは何も取らない。
今日、
ここであなたと会ったことを神に感謝する」

と言われるのだ。
それは、
彼女がどんな人に立ちしても、
一人の人間として話、
接するからだという。
姿かたち、
話し方や身分。
強盗であろうがなかろうが、
大切なのは、
きちんと一人の人間として接すること。
それを忘れてはいけないと。

その話を聞きながら、
私も思い出していた。
麻薬を売っている卒園児でも、
私を見ると背筋を伸ばし、
挨拶をすることを。
暴言を吐きながら歩いている卒園児が、
私に気付くと申し訳なさそうに、
微笑みながら歩くことを。

教師であること。
(私は”教育者”という言葉の方が好きですが)
それは、
こうした子ども達が、
大人になっても、
ある瞬間に、
ふと、
背筋を正す。
自分の現状を振り返る、
そんな役目もあるのではないか。
だから、
今日も明日も明後日も、
皆に笑顔で挨拶しよう。
そして、
それぞれを

一人の人間

として見続けていけるように。

2009年に保育園での菜園づくりのために掘られた井戸。
モーターと手漕ぎで汲み上げる井戸だったのですが、
モーターの故障と、
手漕ぎ部分の劣化により、
ここ数年、
使用することができていませんでした。
一昨年から、
私たちが住む地域でも水不足が深刻となり、
水脈がある、
水が豊富な村にもかかわらず、
蛇口をひねっても水が出ない…
そんな状態が数日続くことがありました。
我が家は屋内に大きなタンクがあるので、
水不足を感じることはほとんどなかったのですが、
タンクのない家では、
昔のように湧水を汲みに海岸を歩いたり、
井戸のある知人宅を訪れて水を確保したり…
という光景を目の当たりにしました。

昨年。
せっかく掘った井戸。
地域のためにも修繕した方がいいのでは?
という声が高まり、
この度、
井戸が復活しました!!

井戸の復活とともに、
子ども達や地域住民の皆さんと、
環境問題を考えるきっかけとして、
講座の開催や、
地域の環境保全のための活動も実施予定です。

水。
人の生活にはなくてはないもの。
水が井戸からあふれたときの感動。
水がキラキラ輝いて見えました。
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※井戸の修繕等はLUSHジャパンによる支援で行われています。

ブラジルでは、
七夕祭りはありません。
節句の一つである七夕。
日本では笹に願いを書いた短冊をさげ・・・
と、
お祝いするのですが、
私たちは、
このきれいな星空の下、

“天の川を見よう!!”

と、
昨日から張り切っていました。
ただ、
ここ数日、
夜になると雨が降る傾向にあり、
もしかしたら七夕の日も…
と思っていたら案の定。
日中は雲一つない天気だったのに、
夕方から雲がもくもくと現れ、
5時半ごろに満月に近い月が空にあるのをみて、

「きれいだねぇ〜」

と言っていたのもつかの間、
次第に空一面が雲に覆われ、
月も見えなくなり…

もちろん、
星一つ見つけることもできず…

子どものころから、
七夕の日の夜、
天の川が見れた!!
という記憶がない…
もしかして忘れているのかもしれないけど、
でも、
やっぱり七夕の日の夜は

“雨”

のイメージ。

日本の皆さん、
天の川を見れましたか???

昨年から実施している、
「JICA草の根技術協力事業」による活動。
2年目となる今年、
新市長となり、
関係者が異動を繰り返す中、
アラカチ市教育局、社会福祉局は協力体制を崩さず、
新体制となった今でも、
活動を順調に進めることができています。
ただ、
参加者が変わったり、
直属の指導者が変わったりと、
昨年度の活動を補講する形で、
現在活動を続けています。

新しい参加者の教員たちも、
皆一様に積極的に参加してくれており、
時間にルーズと言われているブラジル人にもかかわらず、
15分前には参加者22名中15名が既に到着しているという、
とても嬉しい状況が続いています。

今年は各学校に足を運び、
演習を行っていきます。
実際に他の教師に自分たちで伝えたり、
生徒たちに授業をしたりと、
今までとはまた異なる体験がたくさんできそうで、
私は今からとても楽しみにしています。
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二女は、
最近よく、
日本のことを思い出し、
先日も皆が社会科見学で色々な場所に行っていることを知ると、

「さみしいなぁ〜」

と一言。
そのことをメール交換をしている担任の先生に伝えようと、
PCで打っていると、

「寂しい」
「淋しい」

と、
両方の漢字が出てきます。
何が違うのかな?
と、
ちょっと調べてみました。

“『寂しい』と『淋しい』の違いですが、
『寂しい』は『静寂』や『侘(わ)び・寂(さ)び』といった、
状況や様子を表す時に使います。
それに対して『淋しい』は、
さんずいが“涙”を表すように、
“涙が出る位に気持ちがさびしい時”に使います。”

とのこと。
なるほど。
ということは、
今の我が娘の気持ちを表すのは、

「淋しい」

ですね。

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今日、
銀行である男の子と会った。
最後に見かけてから、
7,8年は経っているかもしれない。

彼は小学校に上がるまで、
母親と兄、義父と共に
ここ、カノアで暮らしていた。
彼の母親は躁鬱病であり、
生活が安定せず、
保育園でも、
他の保護者と話すことすらできなかった。
それでも、
なぜか私とは話をしてくれ、
よく家に呼ばれては、
話を聞いていた。

彼の名前はEzequiel。
体が小さく、
栄養失調であると言われ、
そのせいか、
小学校入学前に、
弱視であることが分かり、
眼鏡を使用することとなった。
そんな彼は母親の知人に預けられ、
いつの間にか私たちの前からいなくなってしまった。

彼が移り住んだのは、
隣村。
でも、
母親のもとに帰ってくることはなかった。
そして私たちは時々、
母親を彼のもとに連れて行き、
少し話をする時間を作ってあげていた。
それも、
小学校高学年になるとほとんどなくなり、
彼の近況を知ることは難しくなっていた。

そして今日。
高校3年生となっていた彼と、
たまたま銀行で出会った。
高等専門学校に通っており、
将来はジャーナリストを目指しているという。
私を見つけ、
声をかけ、
ぎゅっと、
とても強く抱きしめてくれたとき、
その笑顔はあの時の、
まだ4歳頃の彼の笑顔とそっくりだった。

「今でも思い出すんだ。
悲しい気持ちになった時、
こうやって抱きしめてくれた時のこと。
とっても温かかった。
もう一度抱きしめてもいい?」

そういうと、
別れ際にもう一度、
強く抱きしめてくれた。

まっすぐに、
自分の夢に向かい、
歩んでいるその姿。
久しぶりに会ったけれど、
とっても嬉しく、
今、
このblogを書きながら、
涙が出てきそうになる。

頑張って。

遠くから、
いつまでも応援しています。

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