光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

長女は中学3年生。
受験生。

昔から、
高校になったときに、
日本とブラジル、
どちらの国の学校に行きたいのか、
考えないといけないよ。

と、
言い聞かせてきました。

小学校高学年になると、
彼女はきっぱりと、
きちんと理由をつけ、
日本の高校に行くことを選びました。

私が高校受験したときは、
成績によって、
公立高校だったらどこの学校か、
そうすると、
私立ならどこか…
というのが、
ある意味簡単に決められていたと思う。
その事に、
疑問を感じることもなかった。

今、
高校受験は大きく変わっていて、
公立高校は学区が撤廃され、
特性を打ち出し、
それぞれが個性を表に出している…
そんな風に感じます。
学力の壁はもちろんあるけど、
それだけではない、
選択が、
あるような気がします。
となると、
受験生は自ずと、
自分と向き合い、
自己を知った上で、
選ぶ必要が出てきます。
これが実は、
すごく大変なのではないか?
と、
周りをみていて感じるのです。

我が家の娘は?
というと、
その部分はかなりはっきりしていて、
彼女に合った学校探し…ということになります。

先日は、
高校見学に行ってきました。
さて、
どうなるやら…
娘よりも緊張している、
私なのでした。

ブラジルで、
良くされる質問に、

「あなたは、何?仏教?」

というのがあります。
その背景には、
ブラジルでは、
カトリック教徒が大半をしめ、
それぞれが何かしらの宗教を、
自分で持っているからです。

私はいつも、

「どれかと言われると難しいけど、
祖母から言われていた、
『どんなものにも命がある。
だから、
いつも“ありがとう”という、
感謝の気持ちを持っているのよ。』
ということを、
大事にしてるんだ」

と、答えます。

正月には初詣。
お盆にお彼岸。

私の生活の中には、
神社とお寺が同じ様にあります。

先日、
日本では神仏習合といって、
神道と仏教が混ざりあって再構成され、
千年以上信仰されていて、
明治以降に、
神道と仏教が分かれた…
ということを知りました。

だからこそ、
私達の生活の中には、
今でも、
同じ様に根付いているのだと、
納得したのです。

どんなものにも感謝の気持ちを忘れない。

私の根っこには、
この思いが一番、
強くあるのかもしれません。

6月8、9日。
私は久しぶりに、
清里の清泉寮に行きました。

10年近く前、
この場所で行われた同じ集まり、
「エデュカーレ全国読者交流会」のために、
私はこの地を、
小さな長女とともに訪れました。
そして今年。
この時期に日本にいることが珍しい私は、
嬉しさのあまり、
募集と同時に参加希望のメールを出していました。
そして今回は、
小学6年生となる次女とともに訪れました。

2日目。
「ぐうたら村」
と名付けられた保育者のための場所で、
娘と共に森や田畑を散策。
霧雨が降り、
視界は数メートル先が見えないほどの霧。
そんな中でも、
娘もうきうきと楽しそうに、
生物や植物の話を聞いていました。

そこで聞いた汐見先生の話。
『レイバーとは、
人が生きるために必要な行為。
ワーク = 作品とは、
より価値のある、より良いものにしていく行為。
アクションとは、
行動を実際に行うこと。
昔、
小さな村を出て、
より良いものを作ろうと集まった人たちは、
都市(city)を作った。
自分達で、
皆のために必要なものを議論し、
作っていく場所。
今までの、
半年間閉ざされても生きていける場(community)とは異なる、
知らない人たちが集まり、
目的のために創り出していく。
それこそが、
アクションである。
そして、
今の私達には、
このすべて、
レイバー、ワーク、そしてアクションが必要なのだと。
社会とは、
知らない人と生きなければいけない場所と定義できる。
その中で豊かな社会を保てるのは、
せいぜい人口最大6万人程度であるだろう。
とすると、
今の社会は、
とっても生きづらく、
困難が多い社会であるといえるのだ。』

私たちは今、
どんな世界を子どもたちに残していきたいと考えているのだろう?
次女のわくわくしたその好奇心の塊を、
興味津々のその目を、
失わずにいられるように。
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日本では、
乳幼児教育を実施している施設において、
大きく分けて3つの法律がある。

幼稚園 = 学校教育法第一条に規定
保育所及び就学前の子どもに関する教育 = 児童福祉法第三十九条第一項に規定
認定こども園 = 保育園等の総合的な提供の推進に関する法律第二条第六項に規定

法律だけでなく、
管轄省庁も、
幼稚園は文部科学省、
保育所及び認定保育園は厚生労働省と、
分かれています。

「乳幼児教育」
という、
就学前の子ども達に関して、
共通した認識を持つためには、
やはり一つの理念として考えなければ、
立場によって異なる…というのでは困ってしまう。
でも、
それが長い間続いていたのが、
日本の幼児教育でした。
しかし今、
「幼児教育」
として共通の理念を持ち、
取り組んでいこう!!
と、
「幼児教育振興法案」
という基本理念を定めたもののを策定しようとしている。

この中で、
「幼児期において、
人は、
その保護者や周囲の大人との愛情あるかかわりの中で守られているという安心感に支えられ、
自発的な遊びを通じて生涯にわたる人格形成の基礎を築いていく。
そのために適切な環境を整え、
子供の心身の調和のとれた発達を促すことが、
幼児教育の重要な役割である。」
と前文に記載されている。

幼児教育は、
人間形成の基盤となる、
重要な時期であると、
それが示された重要な法案。

ブラジルでは、
2013年に教育法の中に、
「幼児教育」
という項目が示された。
ただ、
実践としての現状は、
まだそこには及ばないといわざるを得ない。

この新たな日本の一歩に、
一保育者として、
本当にうれしく思う。

先月、
次女が突然、
こんなことを聞いてきました。

「もし、代表になったら、
ニューヨークに行くんだって。
行ってもいい?」

いったい何の話なのか分からない私が、
よくよく娘の話を聞いてみると、
こんなことをでした。

よこはま平和スピーチコンテストというのが毎年行われており、
作文の好きな彼女は、
今、
私の伝えたいことを上手く書ければ、
代表になるかもしれない…と。

彼女は、
ブラジルで生まれた自分が、
日本とブラジルで、
たくさんの人に助けられながら幸せに生きていること、
自分の周りには、
つらく、苦しい思いをした人がいて、
だけど、
皆が幸せに暮らせる、
そんな世界を夢みていること。

書いた作文を読んでみて、
親だからということもあるかもしれませんが、
本当に素晴らし作文でした。

クラス代表となり、
学校代表となるためのスピーチを行った日、
明日の発表をドキドキしながら、
家族皆で待っていました。
翌日、
次女は残念ながら、
第2位となり、
学校代表とはなりませんでした。

それでも、
こうして色々なことを考えているのだと知ることができ、
本当に嬉かったです。

私には、
人生の「師」と仰ぐ人たちが、
何人かいる。
いつも、
ここぞというときに出会い、
話をする中で、
心の迷いや、
もやもやを晴らしてくれる、
一種の「光」を照らしてくれる人たちである。
一番身近なところだと、
私の母親。
ブラジルでも、
いつも連絡を取っているわけではないのに、
ここぞというときに出会い、
助言をくれる人がいる。
そして、
今日であったのは、
“保育士”としての大先輩たち。

保育士としても、
親としても、
人生の先輩としても、
経験豊富な人たち。
そんな人たちと思いのたけを話し合い、
そこからヒントをもらい、
道が開けてゆく…

私は、
本当に周りの人たちに助けられているなぁ〜
と、
心から思う。

今日、
自分でも気づかなかった思いを吐き出し、
“光”
を届けてくれた大先輩。
本当にありがとうございました!!
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次女曰く、小学生でもいそうとのこと。
親として、教育者として、
子ども達が依存症にならないように見守っていきたい。
暑いけど、そんな日だからこそと、
水鉄砲で遊ぶ我が家の娘達。
そんな姿をみながら、考えさせられます。

我が家では、
GWにブラジルへ出発…というのが恒例化しているため、
娘達は、
学校行事に参加することが、
とても難しいのです。
が、
長女の場合、
1年生のときに最初で最後の運動会に参加し、
宿泊体験は、
修学旅行には行けませんでしたが、
5年生のときの体験学習に参加しました。
可能なときに、
体験できることをさせてあげたい。
周りのお友達と同じことは叶わなくとも、
素敵な体験をさせてあげたい。
学校の先生は、
いつも娘達のことを考慮して下さり、
本当に感謝しかありません。

そして今年。
小学6年生の次女は、
最初で最後の運動会に参加しました。
準備や、
練習。
全てが楽しくてしかたのない娘。
当日も、
係の席に座り、
暑い中、
最後まで笑顔で過ごしていました。
最終学年恒例の、
よさこいソーラン節。
お友達は皆、
1年生のときから見ていた、憧れの踊り。
その体験のない娘。
それでも、
ブラジルで、
現地の子ども達にソーラン節を教えてくれ、
一緒に踊っていた娘は、
その踊りを思い出し、
踊ったそうです。

素敵な思い出、
本当にありがとうございました!12

我が家では、
毎晩娘達と、
ひどいときには何時間も話をしています。
私は聞き役なので、
もっぱら、
娘達二人が話しています。

先日、
なぜ次女はいつも、
「ママ〜」
と言っているのか、
と、
長女が解説。

私は長女が生まれた後も、
あちこちを動き回り、
仕事をしていました。
会議の席に娘が同伴していたことも、
少なくありません。
そのため、
長女曰く、
ママは何をしていて、
いつ帰ってくるのか…
ということが、
感覚的に分かるそうで、
私が出張でいなくても、
不安になることはないそう。
だけど次女は、
保育園や祖父母に預けられ、
いつもママの帰りを待ちわびている生活。
だから、
帰ってくるまで、
不安になってしまうのではないか?
とのこと。

なるほど。
一理あるかもしれない。
まぁ、
それだけではなく、
それぞれの性格も大いに関係しているとは思いますが(笑)
何せ、
次女は私と変わらないくらいの背がありながらも、
おはよう!
と言って、
抱きしめてきたり、
歩いているときに、
手を繋いだり…
と、
肌が触れ合うことが大好き。

それでも娘の見解、
なかなか鋭かったです!

次女の小学校からのお便りに、

「挨拶は、
心と心を通わせる、
“はじめの一歩”です。」

と書いてありました。
校長先生の言葉です。

ありがとうとは、
漢字で書くと、
“有り難う”。
「めったにないこと」
という意味です。

こんなによくしてもらえることなんて、
めったにないことだわ。
だから、
ありがとう!
と伝えないと。

という風に考えると、
分かりやすいかもしれません。

挨拶の言葉には、
それぞれに大切な意味があります。
こうした“意味”を考えながら、
挨拶の大切さを学ぶというのも、
一つの方法かもしれません。

皆さんもぜひ、
いつも何気なく使っている挨拶の言葉、
その意味を考えてみてください!

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