光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

2007年02月

3cbd1de5.JPG私の住むエステーヴァン村の人々は
とっても動物的である。
言葉は余りよくないかもしれないが、
暗いところでもよく見えたり、
足音で人の見分けがついたり、
村人の足跡を見分けられたり・・・
現在でも、
老若男女、
村人のほとんどにこういった才能がある。
生活の中で学ぶのか、
はたまた体験や経験からなのか・・・
その理由は定かではないが、
私個人としては
驚くことばかりだが、
この村の人にとっては
当たり前のことばかりである。

先日、
足跡でスイカ泥棒を見つけたというはなしをしていたところ、
つい十数年前まで、
村に保安官がおり、
その人が窃盗犯などを捕まえていたらしい。
当時、
村で起こる犯罪の多くは
作物を盗まれること。
そこで、
足跡で犯人を割り出し、
警察に引き渡していたというのだ。


村は砂地。
足跡が見事に残る。
裸足でなくても、
靴やサンダルの跡の
体重のかけ方や
足跡の残り方で
おおよそ誰のものか分かるという。

学んでも得られる才能ではないと思うが、
こういったことが、
村の生活と結びついている。
これからも、
こういった才能を
生かし続けて欲しいものだ。

この村に住む、
15人の子どもを持つ母親と話していたときのこと。
彼女は15人全ての子どもを育てているわけではない。
上の2人は自分の両親に預けて育ててもらい、
一人目の夫との間に出来た10人の子どものうち、
数人は養子に出した。
その後、
現れては消えてゆく男達。
彼女はそれを生業にし、
生活している。
子どものうち一人は、
聾唖である。
それでも、
母子家庭の中で、
何とか子育てしているのだと彼女はいう。
そして、
昨年、
また一人の子どもを養子に出した。
いつも
『自分にはなぜ父親が居ないの?』
としきりに聞いていた子ども。

『お姉ちゃんにはいるのに。
何で僕にはいないの?』

彼は3歳になったときに私達の保育園にやってきた。
体が小さく、
とっても細い。
でも、
顔立ちがはっきりしていて、
とってもハンサムな子だった。
疑問は全て口に出し、
それ全てに答えるのは至難の業。
そんな彼は、1年半通った後、
養子に出る事になった。
先日彼に会い、
元気な姿を見たとき、
本当に嬉しかった。

そして、
そんな彼を見ながら母親はいう。
“ここに居たら栄養のあるものを食べさすことも出来ないし、
ご飯を食べずに学校に行かなくてはいけない日もある。
でも、
彼はきれいな服を着て、
真剣に彼の事を考え、
どんな疑問にも答えてくれる人が出来た。
そして、
何よりも彼が恋焦がれていた
父親が出来たのだ。
今はこんなに元気になって・・・

子どもを産むことよりも、
育てることの方が大変。
だから、
もし、
私の子どもをきちんと育て、
養っていきたいという人がいるのならば、
私は悩まずに、
子どもを養子に出す。
だって、
それが
子どもの幸せに繋がるから・・・”


私はこの言葉に、
今、深く考えさせられている。

3056b37c.JPGつい先日、
エステーヴァン村を昔から知っている人と話をしていたところ、
こんな事を言っていた。
『私と弟は、
同じ両親から生まれたとは思えないほど、
180度、全く異なる性格をしている。
話し方や姿かたち、
興味のあるもの、
何もかもが全く違う。
それでも兄弟なんだよね。
それを考えると、
この村ってすごいよ。
この村は3家族から始まり、
今では人口300人にまでになった。
皆親戚、
皆家族、
っていいながら、
人はそれぞれ違うということ、
個性というものを
きちんと尊重している。
こういう関係が
村、地域という場で出来ているなんて奇跡に近いよ。』

確かに、
私自身の兄弟を思い浮かべても、
皆それぞれ全く違う。
そうでなければ気味が悪いし、
違うからこそお互いに補えることもある。
違うからこそ、
その意見が自分にとっては新鮮だったりして、
後に色々と考えさせられることもある。
しかしそれと同時に、
その個性の違い、
異なるという事を受け入れられるかどうかという事は
全く別な問題だと思う。
異なるという事を、
兄弟だけではなく、
友だちや同僚、
地域の人々に対しても考えてみると、
それを意識することなく、
受け入れることが出来るかといえば、
それは難しい問題であるのかもしれない。

この村では、
地域が“生きている”。
そう感じさせられることがよくある。
だからこそ、
土地の問題や、
近所問題、
痴話げんかも絶えず、
その噂話といったら毎日どこかで行われている。
お互いを受け入れ、
尊重しているからこそ、
お互いにぶつかり、
認め合える。
そういった間柄になれるのかもしれない。
ただ、
そう簡単に割り切れるものだけではなく、
時にはそれが原因で
何十年も顔をあわせていないという
そんな関係もあることは事実だ。


子どもたちを預かっていると、
その保護者や家族が
無条件にその子どもたちの違いを受け入れ、
認めている様子を
何度となく見かけることがある。
こういった関係が
今後とも続いていって欲しいと
願っている私なのです。

e2ec2283.JPG今年度より、
年に6回、
2ヶ月に一度の割合で
専門家を招き、
講座を開く事になりました。
・性教育
・保健・衛生
・歯科指導
・環境教育
などなど・・・

そして本日、
“性教育”講座が開催されました。
地域住民を対象にした講座ですが、
初回の今日は
23名の参加。
そのうち5名は10〜12歳。
一番来て欲しかった
15〜20歳の青少年は少数に留まりました。
しかも、4名を除いては全て女性。
こういった講座に対する関心や興味、
その重要性に関しては
今後も続けて伝えていかなければならない課題のようです。
(ほとんどの男性陣はサッカーをしていたようです)

まずは自分の体を知ること。
学校で性教育が履修となっていないため、
『性教育』というものが何なのかすら知らない人もいました。
一人が模造紙の上に横たわり、
体の線を描いていきます。
そして、
そこに足りないものを皆でうめていく事から始めました。
“洋服を着せよう”
という声に対し、
『洋服を着せますが、それは透明なので体の全てを見ることができる。
そういう事にしましょうね』
といって、
皆は納得し、
書き込んでいきました。
そして、
それぞれについて説明があり、
その後、
子宮などの体内部の話をし、
絵や写真を見ながら学んでいきました。
そして、
妊娠とそのリスクに関して、
性病に関して、
それぞれ説明があり、
生理やその周期についても説明がされました。
その後、
コンドームやその他の妊娠予防の手段を披露してくれ、
実際にコンドームの付け方も教えてくれました。
妊娠予防に関しては、
間違った知識が一人歩きしていたようで、
正しい知識を学ぶ機会を得ることが出来ました。
最後に質疑応答が行われ、
コンドームの配布をし、
講座が終了となりました。
“参加できなかった友達、
兄弟など、
皆に今日知った事を伝えていきましょう!!”
という言葉に対し、
大きく頷いていたのが印象的でした。

家庭内で日々語り合いながら、
性教育を学んで行く事が望まれるが、
こういった話しをしずらいという家庭が多くある。
だからこそ、
先生や友達、
話しやすく、聞きやすい相手と共に
学んで行く事が大切です。
その言葉を最後に、
講座が終了しました。

こういった機会を常に設け、
これからも地域に貢献していける事を
願って止みません。

dc193fcf.JPG私の現地での肩書き、
『事務局長』
『教育コーディネーター』
そして、
『主任』←保育園

施設の改装のために、
出来ることはみんなでやりましょう!!!
ということで、
ペンキ塗り、
砂ならし、
足場固め、
柵作り、
庭造り、
などなど、
色んな事をしました。
そして、
新年度開始にあたり、
カノアの観光地をあるき、
プロジェクトの説明をし、
複数のお店から
食糧支援を得ることが出来ました。
まだ2、3件残っているのですが;;;
↑仲間と一緒だから出来るんですよね!!!

そんなことをしながら、
フォルタレーザへの出張、
プロジェクト開発会議、
事務局会議、
その合間に、
教材の仕入れ・・・

ようするに、
肩書きがたくさんあり、
なんだか偉そうですが、
結局は
“雑用係”!?なのではないか。。。
と、
ふとそんな事を思う私。
でも、
雑用係だからこそ、
保育園のこと、
子どもたち一人一人のこと、
庭の草木のこと、
保護者のこと、
地域の事を
くまなく知ることができます。
これらは、
私にとっては“財産”と呼べるような、
そんな素敵な宝物です。

なので・・・


明日も、あさっても、
雑用係、
頑張ります♪

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