光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

2007年04月

fe4df981.JPG最近出張など、
今までとはまた違った人々との出会いが
増えてきているように感じます。
そして、
それと同時にそんな人々から学ぶことも、
新しい視点と、
考え、
その姿勢、
考えさせられ、
勉強となることばかりです。

先日お会いした方は
会議の間にこんな事を言っていました。

『どんな事を行うときにも、
必ずいくつかの道を用意しておかなければならない。
車だって、
タイヤが4つあってやっと、
走ることが出来るのだ。
一つでもパンクすれば、
道の真ん中で止まってしまう。
人生の中で、
立ち止まることも大切なときもあるが、
立ち止まり、
振り返りつつも、
いつもその先を見ておくことができる。
そういった姿勢が
人生をより豊かにし、
私達のような活動を行っているものに対して、
必要な様々な事を
教えてくれるのだ』

活動に関して言えば、
目的に向かって進んでいくときに、
ある道が突然閉ざされてしまったとしても、
あきらめずに目的に向かっていけるように、
新たな道を開拓する、
もしくは今まで見ていなかった道を見つめなおす、
そういったことが必要となってくるように思える。
一つがダメでも、
まだ他に道がある。
そのために、
準備をしておく必要があり、
それがあるのとないのとでは、
大きな違いが出てくるのかもしれない。
これは、
人生を歩んでいくときにも
同じことがいえるのではないだろうか。

人との出会いの中で学ぶこと。
それはあまりに素晴らしく、
と同時に
色々と考えさせられる。

相手の意見と対立する。
こういったことはよくあることかもしれない。
しかし、
そのときの対応によっては、
お互いに傷つけあい、
もしくは、
大きな問題に発展する事があり得る。

暴力的でないコミュニケーションであれば、
相手の行っている事に対して疑問を持ち、
質問することで、
お互いの意見や立場から
新たなる道を見つける
もしくは、
お互いを認め合う
ということが可能となる。

正しい ou 間違い

誰が正しい、
何が正しい、
何があっていて、
何が間違っている。

物事は全て白黒をはっきりと分けられるものばかりではない。
その人を、
その事柄を
受け止め、
敬い、
認め合って行く事。
それが大切なのである。

人に罪を押し付けたり、
責任を押し付け、
自分が正しいと感じ、
思うこと。
それは簡単であるが、
それよりも、
自分自身でそれを受け止め、
認めることが出来たとき、
自分自身の新しい道を見つけることができるのかもしれない。

今日からできること。
『〜しなければならない』
という言い方をやめてみよう。
『〜する必要がある』
このほうが、
自分は必要とされているから行うんだ、
行くんだ、
と考えられ、
ポジティブに物事を受け止め、
考えて行く事が出来るようになる。

今日の最後に・・・
次の質問の答えをノートに書きとめてみよう。
“今日、このときまでに出会った『暴力的なコミュニケーション』と思われる事柄とは?”

11歳のある男の子。
父親が誰だか知らず、
出産は砂丘の上だったという。
生まれたときに砂にまみれていたことが、
今日では村の笑い話にまでされている。

そんな彼が始めて保育園を訪れたとき、
余りの乱暴さに
私達は驚きを隠せませんでした。
眉間にしわを寄せ、
誰をも信頼できないといっているかのようなオーラを放ち、
傍による人を皆殴り、
蹴り、
突き飛ばす。
まだ3歳。
それでも、
その力強さにびっくりした。
エヴァさんは、
毎日のように彼を抱きしめ、
嫌がる彼に物怖じもせず、
『大好きだよ』
と、声をかけていた。

数年がたち、
彼は見違えるようになった。
それでも幼い頃の影は消えず、
何度も大変な思いもした。
でも、あの笑顔。
それを見ただけで心が温かくなった。

そんな彼が、
学校を追放されるというはなしを聞いた。
教師を殴ったために、
今、
アラカチ市教育委員会との諮問中で、
近々、
アラカチ市内のどの学校に入ることも出来ないという、
通知が渡されるという。

驚いた。
怒りがこみ上げてきた。

11歳の子ども。
確かに彼は難しい子どもだ。
昨年は先生が彼をクラスに入れたがらず、
午前、午後と5回もクラスを変更させられていた。
手の掛かる子ども、
自分と合わない子どもをクラスから追い出す。
教師としてあるまじき行為。
でも、
カノアの小学校ではよくその話を聞く。
子どもがよりよく育つために・・・
そんな言葉は小学校教員にはないらしい。

11歳で学校を追放されてしまう彼。
もちろん働くことも出来ない。
一体何をすればいいのか?
こういった子どもが行き場を失い、
ストリートチルドレンとなって行く事が、
なぜ分からないのだろうか。

『暴力的ではないコミュニケーションとは?』

第一回目はまず、暴力的ではないコミュニケーションとはどういう事について言うのか?
という事について考えていきたいと思う。

コミュニケーションのプロセスとは、
言葉のやり取りであり、
それを与えたり、
受け止めたりするときに、
どのように発するべきかという事を
常に考えるていることが大切である。
言葉を使うとき、
私達は何も考えず、
知らず知らずのうちに口から出ている・・・
という事を経験することが多いのではないだろうか。
そんなとき、
ふと口にした一言が、
相手にとって、心に大きな傷を負うものになり得るのである。

言葉というのは、
人に対して、
プレゼントをあげるように、
心を込めて与える必要がある。
反対に、
受け取る側も、
それを敬い、
受け入れることが重要である。
この時に一番行ってはいけないこと。
それは、
『言葉によって人を裁く』
という事である。
ある言葉一つで
その人を判断する。
決め付ける。
それはあってはいけないことである。
言葉は人を裁くためにあるものではないという事を
肝に銘じておく必要がある。

私達は言葉の世界の中で、
次の4つの事を意識している必要がある。
_燭鮃圓Δ里
何を考えているのか
2燭鮓世うとしているのか
げ燭鮗け入れるべきなのか

暴力的ではないコミュニケーション。
ヾ兒 覆燭世掘△修譴砲茲辰討垢阿鉾獣任靴討呂い韻覆ぁ
感情
I要性
い願い
この4段階を常に念頭に置き、
言葉を発してみる。
その場を観察し、
そのときの自分の感情を把握し、
その言葉を発する必要性を問い、
文句を言ったり、
怒鳴ったりするのではなく、
頼むという姿勢。

この4段階を意識せずに行えるようになれば、
暴力的ではないコミュニケーションに
一歩近づいた事になるだろう。

感覚というと何を思い浮かべますか?
初めに思い浮かべるのは
〔3
嗅覚
触覚
せ覲
ツ鯵
という五感ではないでしょうか。
しかし、感覚というのはこの五感に限られたものではありません。
では他に一体どんなものがあるのでしょうか?

思考
欲望
┫蕎
言語
平衡
動作
体温

上記のそれぞれについて考えてみると、
いずれも全てに繋がっている、
そう感じませんか?

思考について考えるとき、
忘れてはならないのが過去、現在、未来という時間の流れ。
物事は、
その時にしか解決できないこと、
分かり合えないこと、
が必ずあります。
だからこそ、
その時間について、
今一度考え、
過去を学びとして
現在、未来に生かしていく事を
学んでいく必要があるのではないでしょうか。

欲望とは、
それに見合った“時”というのが必ずあります。
いつでも、
自分が欲するときに
それが実現できるとは限らず、
必ず、
それが可能であるときにこそ、
実現できるようにしていく必要があります。
そのときを誤ると、
私達の全ての感覚は弱っていき、
怒りや罪を許すという事に関しても、
対応できなくなってしまう可能性があります。

言語とは、
それ一つで人を苦しめることも、
幸せにすることも出来ます。
何かについてはなすとき、
必ずその前に、
何を話そうとしているのか、
立ち止まり、
考える必要があります。
人にはなぜ2つの耳と1つの口があるのでしょうか?
それは、
話すよりも聞くことが大切であるという事を示しているからではないでしょうか。

聴覚とは、
外部の音を聞くだけではなく、
自分内部にある音を
聞く感覚を養っていかなければなりません。
いわゆる、
『心に耳を澄ます』
ということです。
自分が何を感じ、
何をしようとしているのか。
心に耳を傾ける事を決して忘れてはいけません。

平衡とは、
全てを同一化することではなく、
自分自身のバランスをとることです。
人はそれぞれ違うという事を理解し、
だからこそ、
自分自身のバランスをきちんと保っていないと、
様々な障害や、
様々な人々との関係を
保っていく事が難しくなります。

視覚とは、
ただ見るだけではなく、
その視野を広げていくことが
その人の人生を豊かにしていく事に繋がります。
目は心の扉と言うように、
様々な事を物語ります。
それをきちんと理解し、
人の前に立つよう、
心掛けていく必要があります。

嗅覚とは、
異なるニオイを嗅ぎ分けることであり、
そのニオイは、
実際にそこにあるニオイだけに限らず、
その場で感じるニオイ、
それにも気をつけ、
感じていかなければなりません。

体温は
人に暖かさと冷たさがある事を思い出させてくれます。
体の体温だけでなく、
心にも体温があるということ、
それを忘れずにいたいものです。

感覚とは、
人生において大切な事を
たくさん教えてくれるものでもあります。
12感覚全てについて説明することは出来ませんでしたが、
上記に挙げた12の感覚を
もう一度よく考え直し、
人生をより豊かにしていけるよう、
学んでいきたいものです。

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