光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

2012年10月

ブログネタ
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ブログを更新している今、
思うこと。

私は常にPCから更新しているのですが、
それも今では稀なのかもしれません。

Wi-Hiがあれば、
スマホでの接続が可能で、
常に持ち歩いていて、
起動の必要もない方が、
簡単に、
便利に、
すぐに、
ブログの更新ができます。

実際に我が家を訪問してきている人たちの多くは、
携帯を通信手段として持ち歩き、
ネット検索、
メールの送信、
などなど、
PCを持っている必要すらないのです。

でも、
私はやっぱり、
PCを使いたい。
仕事柄、常に使用していることもあるけど、
書きやすさはやはりPCに勝るものはない・・・と思っているので。
これって、
既に時代遅れでしょうか???

今日、
小学2年生の娘の宿題を見ていたのですが、
歴史の宿題の中に、

“ブラジルという国は、
多民族が集まり、
力を合わせて建国された”
という話があり、
その次の設問が、

 屬△覆燭呂匹海旅颪侶譴魄いていますか?」
◆屬修旅颪陵良、食事、宗教、イベントについて答えなさい」

我が家では当たり前のように日本にしましたが、
(実は彼がオランダのクォーターなので、一応,寮潴笋砲脇本とオランダと書きました)
さすがは多民族国家だなぁ〜と、
ある意味感心しました。
しかも説明文の中には、
それぞれの民族が、
どの分野で活躍し、
今のブラジルを支えているのかが書かれており、
日本はもちろん、
農業と書いてありました。
日本からの移民がなければ、
いまブラジルにある野菜の多くは存在しなかったであろうと言われているほどですから。

ブラジルを旅行すると、
南部地方はヨーロッパにいるような感覚になり、
サルバドールに行くと、アフリカの食事やダンスなどを体験することができ・・・と、
一つの国の中で、
たくさんの民族との出会いが待っています。
私が住んでいる場所は、
ヨーロッパからの人が多く、
オランダ系が一番多い場所ということもあり、
東洋人はチラチラとよく見られます。
それがサンパウロに行くと、
東洋人が当たり前なのか、
対して注目もされません。

小さな頃から、
たくさんの民族、文化のよさを知り、
それが混ざり合っている世界を体験しているというのは、
とても貴重な体験といえるかもしれません。

“多文化共生”

と昨今ではよく耳にしますが、
それを自然と実践できているのが、
ブラジルと言えるのでしょうね。

10月25日は、アラカチ市の日です。
今年でなんと、170周年を迎えました。
この日は毎年、
学校の生徒がアラカチ市中心街で仮装行列を行います。
各学校ではこの日のためにテーマ設定、衣装の制作など、
かなり色々と頑張ります。
ただ、
いつも18時以降の開始のため、
全ての学校の仮装行列が終わるのは真夜中。
いつもながら、
学校行事なのだから、
もっと早い時間にやればいいのにと、
思うのですが・・・

そしてもう一つ。
この日を記念して、
学校では、
必ずアラカチ市の歴史や著名人の紹介などをまとめたレポートを提出させます。
我娘は2年生ですが、
(昨年は1年生だったためかレポート提出はありませんでした)
必ず含めるべく設問を取り入れ、
歴史を調べたのを書き出し、
絵を描き、
写真を貼り付け・・・など一苦労。
小学校でレポート提出だなんて。
まぁ、
娘は楽しそうに絵を書いていたのでいいのですが。。。

このレポートを作成するために色々と調べてみると、
アラカチ市というのはかなり古い歴史を持つ街だということがわかります。
まだポルトガルの統制時代、
ここは商業の拠点としてかなり栄えており、
今でもその時代の建築物が保存されていたりします。
いつもなら素通りしてしまう町並みですが、
こうやって少し勉強すると、
いつもと違って見えたりする。
面白いものですね。
またひとつ、
この街のことを学べたような気がします。

昨日、
夜遅くに家に帰ってきたら、
家の門の前についた瞬間、
村中の明かりが消えた。

「停電???」

と思っていると、
彼が、

「これすごいな。エステーヴァン村だけじゃなくてカノア全体が停電だ」

すると娘が、

「えっ?どこが?すごく明るいじゃん。」

「何言ってんだよ。今は外にいるから、月明かりで明るいだけ。」

「???」

家に入ってみると真っ暗。
ようやく娘達も停電だということに気づいたらしく、

「停電じゃん。」

って、だからさっきから言ってたのに・・・

そして疲れていたこともあり、
そのまま蝋燭を灯して就寝。

翌日、
起きてみるとニュースで、
ブラジル全土で停電が起こり、
特に、
ブラジル北部・東北部は全土停電になってしまたったらしい。
都心部では、
信号が動かなくなり、
事故が相次ぎ、
レストランでは、
支払いしないでそのまま帰ってしまう人が続出だったとか・・・

最近停電が続いていたので、
驚かなくなりまいたが、
ブラジル全土となると驚きですね。
しかも、
ワールドカップとオリンピックを控えているだけに、
電力会社各社は首都ブラジリアに呼ばれ、急遽会議が行われた模様。

まぁ、
我が家は朝おきたら電気が戻っていたので一安心でしたが。(笑)

“レジリエンス”という言葉を聞いたことがありますか?
レジりエンストは簡単に言うと、
「困難な状況にもかかわらず、うまく適応出来る力」
だそうです。

私たちの団体「光の子どもたちの会」の理念は、

『子どもが自ら自分の将来を選択していくための「生きる力」を持てるように支援する』

です。
しかし、
“生きる力”というととても漠然としていて、
具体的にはどういうことを言うのかと思われる方もいるかもしれません。
「生きる力」とは一体どういうことなのでしょうか?

近年日本の企業では、
人材育成の一環として“レジリエンス”が注目されています。

香川大学教育学部助教授 阪根健二氏は、
「レジリエンス(回復力)の構成要因は,^堕蠅靴寝搬牡超や親子関係、▲札襯奸Ε┘好謄ームや共感性、コンピテンス,スキル,ユーモア,そしてコミュニケーション能力などの様々な因子があるのですが,これを促進するような具体的アプローチ(教師等の支援)が望まれると思います。」
と述べられています。

どんな状況で生まれ、生きている子どもであっても、
現状にうまく適応していくことができること。
それが「生きる力」の一つと言えるかもしれません。
“レジリエンス”は私たちの活動にとっても重要であるといえます。
これについてはこれからももっともっと勉強していきたいです。

今日、
義父が一人で朝早くから漁に出かけた。
60歳になる義父には、
みんながいつも、
「一人では絶対に漁に出ないでね」
と言っているにもかかわらず、
今日もまた、
義母の目を盗み、
一人で漁に出かけていった。

夕方、
彼が
「早く海岸に行って!!親父が戻ってきた。
カメラを忘れるなよ」

というので、
娘たちと一緒に海岸に急いだ。
すると、
海岸にはすごい人だかり。
見てみると、
たいちょう2m程の魚が横たわっていて、
みんなが眺めている。
M1180013

そう。
義父が釣ってきたのだ。

「ママ見て。
さかなのおうさまだぁ〜」

娘が嬉しそうに言う。
そして、
義父に向かって走り出すと、
何やら色々と話しているようだ。
その娘の、
義父に対する誇らしげな姿。
なんだかとても嬉しくなってしまった。

一人で漁に行かれるのは困りものだが、
やはり漁師。
今日の収穫は漁師冥利に尽きるというところだろうか。

10月6日より2週間ボランティアとしてきてくれていた、
Marialiceとの最後の勉強会。
彼女は体育教師であり、教育心理学者であり、学習障害指導員でもある。
昨年、
彼女は甥っ子に誘われてこの村にやってきた。
そして、
私たちの活動を知った。
とても興味を持ってくれ、
Flavianeと沢山話をしたようだった。
そして帰り際、

「ここに戻ってきて、ボランティアとして受け入れてもらうことは可能かしら?
自分の経験がどれだけ役に立つかわからないけど、
あなたたちと少し、
一緒に過ごしてみたいと思ったの」

と言ってくれた。
そして、
それが実現したのだ。

今日、
最後に教職員に向けた勉強会があった。
その時、

「あなたたちの活動に感銘を受けた」

と言ってくれた。
まだまだ足りないところもあり、
学ぶこと、
改善するべき点もあるけど、
それでも、
この言葉は本当に嬉しかった。
そして教師のひとり、Elianaが、

「今、本当に必要としていた人が、
私たちのもとを訪れてくれた。
この奇跡に、
私は心から感謝しています。」

と言っていた。
本当にそう。
悩んでいたある子どもと家族のこと。
彼女が来てくれたことで、
良い報告に向かうことができそうなのだ。

こうした出会い。

“一期一会”

とはよく言ったものだと思う。
こうした出会い、一つ一つを大切にし、
これからも歩んでいこうと思う。

今日10月12日は、
ブラジルの「こどもの日」です。
この日は日本と同じで祝日。
今年は金曜日だったこともあり、
大型連休となっています。
(ちなみに10月15日は教師の日ため、学校はお休みです)
観光地として名高いカノアは、
今週末、
セアラ州内で一番の人気スポットとのことで、
大変な賑わいを見せています。
ただ、
私たちが住んでいるエステーヴァン村はとっても静かですが。

娘たちはプレゼントをもらい大喜び。
しかし・・・
パパィの買った次女のサンダルが大きすぎて、
パパィは朝慌ててお店に向かい、取り替えてもらってきました(笑)
午後には
珍しく、家族みんなで“バナナタルト”を作りました。
そして、
夕方にはカシューナッツを炒り、
夕日を眺め、
ゆっくりと一日が過ぎていきました。

思う存分走り回った娘たちは、
疲れてすぐに寝てしまったほど。

こどもの日。
こうして元気に走り回り、
笑い、泣き、喧嘩し・・・そして笑う。
(こどもの日は今日だけではなく、
毎日が“こどもの日”であると私は思っているのですが)
その一日一日を、
思いっきり楽しんでくれることが何よりだと感じています。

私がカノアに来たばかりの頃、
停電なんてしょっちゅうで、
だからか、
停電だからって驚いたりしませんでした。
満月の日には、
みんなで外でおしゃべりしたりと、
昔話に花を咲かせ、
そのときを楽しんでいました。

しかし今、
インターネットが当たり前の時代になり、
私も夜な夜な仕事をしながら、
ほぼ毎日、パソコンの前に座っています。

そんなある日、
夜9時、
突然停電になりました。
娘たちは既に寝ていたし、
私もまだパソコンを開く前だったので、
「今日は早めに寝るか」
と、
ベットでゴロゴロ。
すると、
突然携帯電話がなり、
友人から、
「大変!!村の電柱の一つが強風で倒れてる!!
固定電話からしか電気会社に繋がらないから、
お願い。電話して!!!」
えっ、
電柱が倒れてる???

私が住むエステーヴァン村は“特別政府保護地域”に指定されており、
景観を損なわないように、
村の中には電柱がありません。
全て地中に埋まっているのです。
しかし、
村までは送電線を伝わってきており、
もちろん、
その主要な電柱も存在します。
その内の一つが、
倒れたのです。
翌朝。
夜中から作業にあたっている電気屋さんと話をすると、

「こんなの倒れるの当たり前だよ。
塩分を含んだ湿った風で、
電柱がボロボロになって、
中の鉄筋も見えてるもん。
倒れたのが一つでまだ良かったよ。」

えっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
って、
そうなる前にちゃんと点検して、
電柱を取り替えて欲しかったです。
ちなみに今回は応急処置。
今度改めて、
すべての電柱を取り替えに来るとのこと。
そして最後に一言。

「まぁ、近いうちにまた電柱倒れるかもしれないから、
気をつけて歩いてな」

・・・・・・
言葉もなかったです。
そして予想通りというか、
それから3日後、
また停電。
今度は電柱が倒れたのではなく、
同じく塩分を含んだ湿った風により、
不具合が生じたとのこと。

本当にブラジル、
恐るべし。
早く全ての電柱を取り替えて欲しいものです。

我が家の次女は、
毎晩のようにおねしょをします。
長女は神経質なのか、
赤ちゃんの時から
おむつが濡れているのが気持ち悪いのか、
取れたのも早く、
その後、
パンツでおもらし・・・ということもありませんでした。
しかし次女は、
よく言うと、
天真爛漫で楽天的。
ちょっと汚れようが、
濡れようが、
気にならないようです。
おかげで、
おむつが取れたあとも、
遊びに夢中でパンツを濡らすこともしょっちゅう。
そして、
毎晩のようにおねしょをします。
ただ、
パタっとしなくなることもあって、
数ヶ月おねしょをしなかったことも・・・

そんな次女。
現在4歳ですが、
今日、
寝る前に突然
「ママぃごめんね」
と泣き出しました。
どうしたのかと思ったら、
「いつもおねしょしちゃってごめんね。
したくないんだよ。
でも、
知らないうちに出ちゃってるの。」
ーそうだよね。したくないんだよね。でも、出ちゃうんだもんね。
「ちゃんと起きて、トイレに行けることもあるもん。
行けなくて濡らしちゃっても、ちゃんと一人で着替えるもん」
ーそうだよね。でも、トイレにひとりで行くのが怖かったママを起こしてもいいよ。
「うん。きのうみたいにね」
ーそう。
「おやすみ。今日、がんばるね」
ー・・・

本人も、
小さいなりに思い悩んでるんですよね。
小学校に入るまでは、
あまりきつく怒ったり、叱ったりしないようにしようと思って、
そう接してきたつもりだったのですが、
さすがは子ども。
“まずいな”
と、どこかで感じ取っていたのかもしれないですね。
それでも、
どこかで『おねしょをしないで欲しい』と願っている私もいます。
矛盾していますよね。
娘の気持ちを受け止めつつ、
私自身もちゃんと成長しないと。。。

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