光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

2021年09月

日本語って難しい。
意味を履き違えている言葉もあるし、
知らない単語もたくさんある。
それでも、

なるほど!

と思う瞬間は、
ワクワクする。

今日、
まさか朝起きて雨が降っているとは思わなかった…
そんなとき、
2021年9月25日付け読売新聞朝刊の編集手帳に、

雨模様
雨もよ

の二つの意味が書いてあった。

雨模様:
雨の降りそうな空の様子

雨もよ:
雨降り

まず、
「雨もよ」
って言葉を初めて聞いた。
そして、
この言葉こそ、
雨が降っているときに使う言葉だとは!

日本語って、
面白い。

私たちは今、
加速しているデジタル環境の整備に追いつけず、
また、
そこに付随している多くの問題を追いかけ、
何とかしようともがいている。
そんな状態かもしれない。

現代の子どもたちは、
幼いことからネット環境と共に暮らしている。
使用時間の差異はあれど、
全くスマホやタブレット、
オンラインゲームをしたことがないという子どもを探すことは、
かなり難しいのではないか。

私自身、
10年以上前から
「情報モラル教育」
をブラジルでも行ってきた。
でも、実はこれ、
今では必要とされている方法と真逆のことをしていたらしい…
ということを知り、
目からうろこであった。

「「情報モラル教育」が推奨されてきた。しかし、これは「ネット依存症やSNSへの書き込みの影響など、インターネットの危険性を教えるだけで、使用を抑制する教育」(坂本氏)であり、ICTの活用を前提とするGIGAスクール構想の理念とは真逆の教育だという。(下記サイトより一部抜粋)」

「今の子どもたちは、幼い頃からスマートフォンやオンラインゲームに慣れ親しんでいるデジタルネイティブですが、ネットの世界が公共の場であるという意識をまったく持っていません。SNSなどを利用すれば一生消えることのない『デジタル足跡』が残るという意識もない。教わっていないから仕方がないのですが、本来はきちんとデジタルアイデンティティーについて教えるべき。(下記サイトより一部抜粋)」

私たちは今、
こうした新しい取り組み、
教育を子どもたちに伝える必要がある。
そう強く実感している。


私がカノア保育園を現地の人達と立ち上げ、
次々に持ち上がる課題に向き合い、
問題を解決していく中で、
一番といって良いほどの、
出会い。

それは、
フラビアーニとの出会いだったのではないか。
と、
今、
自分で書いた記事を読みながら、
思う。

皆様、

少しずつ涼しさを感じられるようになり、
秋の装いが目に見えるようになってきましたが、
皆様いかがお過ごしでしょうか?

さて、
今年6月に開催された『第13回エデュカーレ全国読者交流会』アンコール上映会&交流会のお知らせです。
私、鈴木真由美は記念講演をさせていただきました。
エデュカーレ交流会(オンライン)は2日間に渡り、多くの方々にご視聴いただき、反響も多く寄せられています。
反響にお応えし、当日参加した方も、ご視聴になれなかった皆様も、この機会に是非!上映会の後、Zoomによる交流会が開かれます。
みなさんどうぞご参加ください。

エデュカーレ読者交流会 特設サイト


エデュカーレ読者交流会 総集編PV

ソーシャルマインドフルネスとは、
「他者を思いやり、その要望や願いを汲み取ったうえで、自らの意思を決め、行動する」
こと。

例えば、
「かごに赤いりんご1個と青いりんご2個があります。
りんごを1個もらえることになりました。
あなたの後ろにも1人待っている人がいます。
あなたはどちらのりんごを取りますか?」
と質問すると、
何と答えるか?

我が家でもやってみると、
「青いりんご」
と答えていました。
「どうして?」
と聞くと、
「後ろの人も、
赤いりんごか青いりんごか選べるように」
まさしく、
この考え方を、
ソーシャルマインドフルネス
というのです。

研究結果では、
日本は世界で一番高かったとのこと。

“他者を思いやる”

自己主張も大切ですが、
こうした気持ちも持ち続けていきたいですよね。

「子どもってすごい!!」
「子どもって面白い!!」

私はなぜ保育士という仕事をここまで楽しく今日まで続けているのかと言われれば、
この2つが大きいなぁ〜と、
感じます。
子どもは可能性を秘めています。
そして、
未知なる道を歩んでいくために、
環境を整えてあげること。
それが私たちの一番の役割なのではないかと思うのです。

「人間の関係性って一見無駄に見える雑談のようなところから豊かになって育まれていく。
無駄話をしてもらえる関係性をつくる(下記サイトより一部抜粋)」
「人がいちばん成長するのは、自分が成長したいとき(下記サイトより一部抜粋)」

思わず納得してしまいました。
無駄話ができる関係。
雑談のできる環境。
その関係性があるからこそ、
共に学び、
共に生きることができる。

私が活動するブラジルの小さな漁村では、
無駄話の連続です。
買い物に行くとなると、
出会った人と雑談を繰り返すので、
小さなころの娘たちは、

「ママ、いつもお話ばっかりするから」

とあきれていたほど。
でも、
この雑談があるからこそ、
私はその場所で楽しく、共に生きて居られたんだと、
感じるのです。

学校でも、
地域でも、
どんな場所でも、
無駄話ができるような関係のある環境づくりというのは、
とても重要なのではないでしょうか。
噂話ばかりする…
それは嫌だな…
そう感じることもあるでしょう。
そんなときは、
すーっと、
流してしまえばいいのです。
無駄話からヒントを得て、
活動につながったこともたくさんあります。
昨今は道端で話をすること自体できないような難しい時期ではありますが、
こうした関係性が続くよう、
願うばかりです。


IMG-20170209-WA0013

概念形成とは
「経験を通じて新しい概念をつくり上げる過程(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典より)」

概念を獲得するために、
ICTを利用する。
ということが、
学校教育の中で多くなってきました。

先日、
和光大学の山本由美先生のお話を聞く機会がありました。
その中で、

「概念の獲得は外部からの刺激に対して、
子ども独自の言葉を自分の言葉に落とし込む作業が必要であり、
それをさらに集団の中で表現することで普遍化されていく。
こうした集団における対話の中で、
それが学ぶことの喜びや面白みにつながっていく。
1対1、
児童 対 タブレット、
では、
概念の獲得は難しいのではないだろうか。」

なるほど。
とかなり納得。
ICT教育を進める中で、
人との関わり、
集団における学びの重要性が、
今まで以上に問われているような気がします。

カノア保育園の9月20日から1年半以上ぶりに登園が再開されます。
そんな中で、
集団生活を経験したことがない子どもたちに、
どんな環境を準備してあげるのか。
それが大切だと感じる今日この頃です。

このページのトップヘ