私が購読している、
「エデュカーレ」という冊子があるのですが、
そこに記載されていて、
編集長でもある、
汐見先生の言葉に大きくうなずいてしまった。

私はよく、

「子どもを信頼し、
見守ることが大切だ」

と、
遊びなどの場での親や保育者の在り方として話すことが多い。
しかし、
勘違いしてはいけないのは、
見守るということは、
何かあった時にすぐに助けられる場所、
声をかけられる場所に、
私たちがいるということであり、
自分たちが主体で指導しているときよりももっと、
五感を全て、
するどく、
研ぎ澄ましておく必要があるということだ。
ただ見守っているだけで、
子どもが必要な時に動かない、
それは、
ただの放任であって、

「見守る保育」

ではない。

ただ見ているだけなんて、
なんて簡単なんだ!!
と思っている人、
それは違います。
子どもの主体に任せているからこそ、
私たちは神経を10倍も、100倍も使うのです。
その子どもたちの吐息に耳を澄ましながら。

先に紹介した汐見先生の言葉に、
「保育は、あくまでも、
子どものそばで
「あなたは何がしたいの?」
そして
「あなたは何をしてほしいの?」、
この二つについて心の中で聞き、
観察することです。」
とあります。

「見守る保育」

それがどんな保育なのか。
ぜひ皆さん、
もう一度、
問い直してみてください。