光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 保育

今日、
クリスマスのカウントダウンともいえる、
アドベントのお祝いをしました。
アドベントは、
クリスマスまでの4週間、
その準備をする期間としてあります。
そして私たちは今日から4週間かけて、
子ども達とクリスマスまでの日々を、
過ごしていくこととなります。
(クリスマス会が12月20日を予定しているため、
本日アドベントのお祝いをしたのです)

私たちが住んでいる地域は漁村です。
今でこそ少なくなりましたが、
ほんの15年前までは、
8割以上が漁師という村でした。
そのため、
アドベントのお祝いとして選んだお話も、
漁師にまつわるものでした。

教師が物語を語っていくと、
子ども達はどんどんその世界に引き込まれていきます。
中には話に集中することのできない子ども、
ファンタジーの世界に入り込めない子どももいます。
でも、
物語に入り込んだ子どもは、
この特別な日の体験を、
忘れることはありません。
現に我が家の長女は中学1年生ですが、
未だにこの日のことを覚えているそうです。
(しかも一番印象に残っているのは3歳の時、
初めて体験した時のことだとか…)

なぜ、幼児期にこうしたファンタジーの世界に触れることが重要なのでしょうか?

物語の主人公になりきる、
お話の中に入り込む、

そういったことができる子ども達は、
他人を思いやる気持ちを持つことができ、
相手の立場に立って物事を考えることができるようになります。
こうした想像性に触れていなかった子どもは、
大きくなった時に、
なぜ相手がそのように考えるのか、
なぜそういった行動を起こしたのか、
考えることすらできなくなってしまう。
飛躍しすぎだと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
でも、
私はそう考えています。

以前、
ゲームの中では剣で刺してもまた生き返るから、
イライラしたからその人を刺した…
と話していた10代の青年がいました。
彼はなぜ、その人が生き返らないのか、
それをとても不思議がっていたそうです。

これは少し行き過ぎた話ではありますが、
ファンタジーの世界を知っているというのは、
現実の世界と混在している…
ということではありません。
なぜなら、
ファンタジーの世界で生き、
それを遊びなどを通して活動に生かしているのは、
幼児だからです。
こうした子ども達が成長し、
大人になっていく過程では、
それらが現実の感情や思考として生かされていく。
そう私は信じています。

近年、
こうした語り部を聞く機会も減り、
読み聞かせをしてもらうことも減っているようです。
ビデオではなく、
インターネットでもなく、
人の声で、
その感情が感じられる中で、
ぜひ物語の世界を多くの子ども達に体験してほしい。
そう願っています。
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10月12日。
ブラジルでは子どもの日です。
近年では、
市場主義が謳歌し、
残念ながらその意味を忘れ、
クリスマスのように、

“プレゼントをもらえる日”

と考えている子どもがほとんどです。
だからこそ、
私たちは、
この日だけではないのですが、
子ども達にたくさんの体験をさせてあげたい。
経験をさせてあげたい…
と、
強く願っています。

今年はまだ「子どもの日」のための遠足は実施していないのですが、
先日、
保育園の教師たちは、
素晴らしい1日を計画し、
実行してくれました。
保護者の中には

「こんな小さな子どもには無理だ」

と、
子どもを抱え、
登ってしまう人も多いのですが、
なんのその。
子ども自身は教師よりも早く、
力強く、
砂丘を上り、
森を探検し、
1日を満喫しました。

“自分たちの住んでいる村には何があるのだろうか?”

自然しかない。
そういう人もいるかもしれません。
でも、
その自然の中に、
多くの生命が息づいており、
それによって私たちの生活は成り立っています。

子どもの好奇心旺盛なその心に、
その輝く目に、
また一つ光をともした、
そんな1日でした。
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乳幼児期は五感を育てる時期。
だから、
ピアノを習わさなければ!
クラシック音楽を聞かせよう!

と、
私たち大人は、
今、
身近にないものを、
子ども達に与えようとします。
でも、
五感の中の“聴覚”を育むとき、
果たしてすぐに楽器を習わせる必要があるのでしょうか?
確かに、
ある子どもがピアノに興味を持ち、
自分から触れ、
音を奏で、
そしてピアノを弾くようになる…
ということはあると思います。
でも、
例えばここ、
カノアの保育園において、
子ども達の家には楽器はありません。
近所のお店に楽器を売っているところもありません。
音楽は近所から聞こえる騒がしいものばかり。
では、
子ども達は音と触れ合っていないのでしょうか?
いいえ。
耳を澄ますと、
たくさんの音であふれています。
その音を、
自らの体で表現することもできます。

「目を閉じて。
何が聞こえるかな?」

そう私が言うと、
子ども達は静かに目を閉じ、
耳を澄まします。
そして私が聞こえない音まで、
さらには、
一つの音から物語を紡ぎだしたりします。

保育園では、
日常的に歌を歌い、
それに合わせて体を動かし、
1日の中にたくさんの音が奏でられています。
さぁ、
明日はどんな音が聞こえるかな?
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小学校入学前。
子ども達にはさみやナイフを使わすということ。

「危ないから!」

と、
そういったものに触れさせることのない家庭もあるかもしれない。
でも、
私たちはあえて、
3〜5歳児の異年齢クラスの中で、
はさみやナイフを使います。
といっても、
突然ある日、

「ハイ」

と渡すのではなく、
そこに至るまでは、
きちんとプロセスがあるのです。

例えばナイフ。
ブラジルは食事をするときにフォークとナイフを使います。
しかし子どもには危ないからと、
小学校入学前まではスプーンのみという家庭もあります。
でも、

“危ない”

ということを知らずに、
大きくなったからと大人が判断し、
使っていいというのは少し変ではないですか?

私たちはまず、
週に1度、
給食づくりのお手伝いやお菓子作りをする、
“料理の日”
において、
給食のスープの野菜を切る…
といったことから、
少しずつナイフを使っていきます。
この時は教師が少数の子どもに対して、
見守りながら使用します。
全ての子どもがきちんと使い方、
人への渡し方、
片付け方、
洗い方などを学んだ後、
給食をフォークとナイフで食べる日がやってきます。

幼いころからはさみやナイフに触れ、
指を切ったりと、
危ない、
痛いということを学び、
それを大切に扱うことを知っていると、
大きなけがをしないものです。
これは今までの保育園での体験に基づいています。

今日、
後期になって初めて、
フォークとナイフを使用して給食を食べました。
子どもの真剣な顔。
また一つ、
成長を感じられる場面でした。
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私自身、
近年の子どもに対する、
けがや安全性に関して、
過剰ではないかと感じることがありました。
例えば、
怪我をしたから、
公園から遊具を撤去する…など。
そして今回、

「環境の変化を踏まえた健康及び安全の記載の見直し」

ということが記載されています。
この中で私がとても喜ばしいと感じたのは、
ケガをすると危ないからという理由で、
消極的になっていた遊びや活動に関して、

「上手にケガをさせよう」
「大きなケガをしないために、
存分に遊ばせる」

ということが、
強調されていたことです。

ブラジルでもよく、

”そこは危ない!!”

と思うところは、
子ども達が自然に回避していたり、
高いところから落ちても、
上手に転んでいたりと、
大自然の中で、
安全に配慮されていないように見えるのに、
子ども達は、
大きなケガになることがあまりない。
それは、
幼いころから、
遊びや活動の中で、
危ないことをを経験し、
体験し、
もしくは、
そういったことを感知して、
上手く回避することができていたからではないかと考えます。

今回のこの見直し、
私は

よかったぁ〜

と、
心から胸をなでおろしました。


※参考文献:エデュカーレ 2017.3月号 no.78

”教育”
というと、
私たちは小学校以上を思い浮かべますよね。
でも、
脳科学の発展に伴い、
また、
乳幼児の発達の研究が進んだことで、
人間の基礎となるものは、
小学校入学前、
6〜7歳までに作られるものが多くあることが
分かってきました。
しかし、
残念ながら今は家庭や地域に以前のような教育力はないと言われており、
社会として、
地域の力で子どもを育てていく必要が出てきています。
そのためには、
乳幼児を受け入れる、
保育園、
幼稚園、
認定子ども園、
これらの施設で働く保育士自身に、

「こういう力を育てていきたい」

という具体的なイメージが必要となってきます。

子どもの主体的な遊びや活動。
こうした中で育つ力が重要だと言われる中で、
子どもにとっての学び、
その意味を考え、
理解し、
実践していくことが肝心です。

小学校で行うことを幼稚園で行うことではなく、
幼稚園だからできること、
幼児期だからこそ必要なことを
考え、
理解し、
活動に取り入れていきたいですね。


※参考文献:エデュカーレ 2017.3月号 no.78

ここでは、
乳児、
0、1、2歳児について、
どう記載されているのか、
触れてみたいと思います。

幼児教育というと、
3歳児以上のイメージですよね?
残念ながら、
保育所保育指針にも、
明確な記載がありませんでした。
しかし現在、
保育園に通ってきている子どもが
50万人近くも増え、
その多くは
0、1、2歳児。
この時期の遊びの重要性。
それを
「学びの支援」
として、
考えていきます。
この時期の子どもは、
個々の育ちが大事なので、
一人ひとりの子どもの育ちに寄り添っていきたいですね。

※参考文献:エデュカーレ 3月号.2017 no.78

幼児教育に関わる仕事には、
保育所では、
「保育所保育指針」
幼稚園では、
「幼稚園教育要領」
というのがありました。
そこに今は、
「幼保連携型認定子ども園教育・保育要領」
という、
認定子ども園を対象としたものが加わり、
この3つによって、
日本の幼児教育というものの基礎となります。
もともと保育所は厚労省、
幼稚園は文科省、
という異なる省庁が管轄していたこともあり、
その目的にも開きがありましたが、
”幼児教育”
という概念により、
そしてさらに認定子ども園を管轄する内閣府を加え、
その3つの省庁が、
異なる3つの指針にできるだけ整合性を持たせ、
取り組んでいくこととなりました。
ということは、
保育所、
幼稚園、
認定子ども園、
この3つの機関(施設)が、
きちんとお互いの役割や目的を知り、
理解したうえで、
協力しながら子ども達を見ていく必要があるのです。

保育所は家庭を補う場としての役割に重きが置かれてきましたが、
今後は、
幼稚園や認定子ども園とともに、
”子どもを育てる場”
としての意識を持って、
活動を行っていく必要が出てきました。

今回の改定の中で私が注目した部分を、
次に書いていきたいと思います。

※参考文献「エデュカーレ 2017,3月号 no.78」

ブラジルは、
1月から新年度がスタートします。
と言っても、
1月は長期休暇なので、
2月からスタートなのですが…(笑)

さて、
2017年度、
2月6日に新年度がスタートしました。
担任が新しくなり、
保育室の環境もガラッと変わったようです。
さて、
今年1年どういう年になるのでしょうか?
今から楽しみです!!
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2016年1月8日付の読売新聞朝刊に、
http://www.yomiuri.co.jp/national/20170107-OYT1T50104.html

「子どもの声 うるさい」

「保育所苦情 自治体75%」
「開園中止・延期も」

という記事が掲載された。
年末、
日本一時帰国する前に驚いた記事の一つに、

「除夜の鐘、うるさい。
昼間に鳴らす」

というのがあった。
日本の文化、
伝統行事の一つ。
しかも、
毎月行うのではない。
年に一度のこと。
それが叶わないなんて…

そして、
上記の読売新聞の記事を読み、
ある意味納得した千葉大の木下勇先生(都市計画)の話に、

『都市化で地域のつながりが希薄化し、
顔の見える関係が失われた結果、
子どもという『他者』の声を
騒音ととらえる人が増えているのでは…(下記省略)』

とあった。

動物が好きな人にとっては、
犬の鳴き声が愛おしいと思えても、
好きではない人にはうるさいと感じる。
それと同じで、
子どもというのがみんなの宝という時代は過ぎ、
個々の生活が強くなっている現在、
どうしても、
子どもの声が騒音に感じてしまうのではないか。

納得はしても、
やはり、
私の心は悲しみでいっぱいになる。

子どもが遊ぶにぎやかな声。
その元気な声があふれている地域こそ、
安全で、豊かな地域である。
そう信じる私にとって、
これからの課題を突き付けられた気がした。

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