光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: ボランティア

少し先ですが、チャリティーライブを開催してもらうことになりました!!
ブラジルでは、クリスマスは特別な日。
私も義母に
「クリスマスは家族がそろい、互いを敬い、慈しみながら過ごす日」
と言われ、
年末に日本に帰国する時には必ず、
クリスマスを一緒に過ごしてから帰国しています。
皆さんご一緒に、
美味しいブラジル料理を食べながら、
ボサノヴァを聴きませんか?

ボサノヴァ歌手の池尻さん主催のクリスマスチャリティーコンサートが開催されます。
いつもお世話になっているブラジリアンバー「Aparecida」にておいしいブラジル料理を食べながら、ボサノヴァを聴きませんか?

日時:12月22日(土)18時開場、19時半開始
場所:Aparecida

参加歌手(敬称略):
池尻範子(いけじりのりこ)
ボサノヴァ・ヴォーカリスト、ギタリスト。
Keiko Omata  (ケイコ・オマタ)
東京生まれ。作曲家、歌手。立教大学仏文科、ブラジル音楽院作曲科卒業。リオ・ジ・ジャネイロ連邦大学指揮科中退。バプテスト神学校大学院専門過程終了(キリスト教神学、教育)、保育士。浅草ジャズコンテストでグランプリを受賞。
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2013年6月30日。
とうとう、
出発の日がやってきました。
彼女は部屋で荷造りを・・・
と、
みなさんは思われるでしょうが、
なんと朝4時半起きで、
5時からの
『聖ペドロ』=漁師の守り天使
のお祭りでの演奏のため、
家にはいませんでした。(笑)
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出発の時間。
見送りに来た人みんな、
なぜか、
「Ate logo !!(またすぐね)」
と言っています。
今まで何度も国内旅行をしていた彼女。
だからこそ、
今度もまた、
数日したら戻ってくる・・・
そんな気が、
みんなしていたのです。
“もう日本に帰ってしまうんだ”
と、
頭ではわかっていても、
来週には笑顔で
「ただいま!!」
と言いながら家に帰ってくるのではないか。
実は今でもそんな気がしています。
(日本に無事到着したとの連絡を受けたにもかかわらず・・・)

なぜなのだろう?
考えてみると、
それだけ、
彼女はこの村の住民の一員だったのだ。
そう思えてなりませんでした。

彼女はまた新たなスタートにたちました。
そして、
今までの経験を踏まえ、
人生を歩んでいくことになるでしょう。

彼女は最後の報告書に、
「豊かで幸せな人生とはなんなのだろうか?」
ということを、
自分の見解を交えて書いていました。
ここでの経験が、
これからの彼女の人生に
何かしら残すことができていたとしてら嬉しい限りです。

さみしいけど、
応援したい。
そんな複雑な気持ちの中、
このブログを書いています。

帰国前日の送別会、
実は、
誰まで呼ぶか、
相当悩みました。
そこで、
子ども達とは、
授業最終日にお別れ会をしているし、
毎日砂丘に連れて行っていた子ども達とは、
やはり最後のお別れも砂丘のほうがいい。
音楽プロジェクトに参加しているみんなとは、
演奏と、
最後に焼きそばを振舞ったということで、
招待する必要ないと判断。
これで、
ざっと100人くらいは削減できました。(笑)
残りは、
日本語教室の生徒たち、
一緒に活動を共にした、
保育園や学童教室の教職員、
そして、
彼女の生活を支えてくれていた、
女性グループの皆さん。
ということで、
約30人が集まり、
送別会を開くことにしました。
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涙涙のお別れではなく、
楽しく、
ワイワイと、
いつものように賑やかに!!
ということで、
それぞれが料理を持ち寄り、
まずはお腹いっぱい食べてから、
日本語教室の生徒たちの発表会。
「上を向いて歩こう」
を生演奏&合唱。
そして、
日本語スピーチコンテストに向けた作文を日本語で披露。
中には涙を隠しきれない人もいましたが、
楽しい時間を過ごすことができました。
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2年前、
私たちのところに、
JICA日系社会青年ボランティアが派遣されてきました。
短期間でのボランティアの受け入れが多い中で、
継続的で、
地域に根ざした活動を行っていくためには、
最低1年の活動継続がなければ
続きません。
長年の希望が叶い、
私たちは、
長期ボランティアを受け入れることができました。
そして本日、
彼女はカノアを旅立ちました。

昨日、
お別れ会がありました。
でも、
ここで紹介したいのはそのお別れ会のことではなく、
(お別れ会については次回報告しますね)
彼女が行った、
“バザー”
です。

いらなくなったもの、
日本には持っていけないものを、
あえて“バザー”という形にして売る。
彼女は、

「本当に欲しい人が持っていてくれた方が、
大切にしてくれるから」

と言ってましたが、
私は、

『なんでも無料で与えるのではなく、
少ないお金でも、
払ってもらうことが必要だ』

と、
スタッフのみんなから言われ、
日本から届いた古着等のフリーマーケットを行っていることを思い出しました。

安くてもいい。
みんなが本当にほしいものを、
大切にしたいものを、
ぜひもらって欲しい。

その気持ちは、
私たちが絶対に忘れてはならないものです。
その思いを、
引き継ぎ、
自然と実行してしまう彼女。
そんな彼女がここ、カノアからいなくなることは、
未だに信じられません。
こういう行動一つ一つが、
地域の人々の胸に刻まれることでしょう。

10月6日より2週間ボランティアとしてきてくれていた、
Marialiceとの最後の勉強会。
彼女は体育教師であり、教育心理学者であり、学習障害指導員でもある。
昨年、
彼女は甥っ子に誘われてこの村にやってきた。
そして、
私たちの活動を知った。
とても興味を持ってくれ、
Flavianeと沢山話をしたようだった。
そして帰り際、

「ここに戻ってきて、ボランティアとして受け入れてもらうことは可能かしら?
自分の経験がどれだけ役に立つかわからないけど、
あなたたちと少し、
一緒に過ごしてみたいと思ったの」

と言ってくれた。
そして、
それが実現したのだ。

今日、
最後に教職員に向けた勉強会があった。
その時、

「あなたたちの活動に感銘を受けた」

と言ってくれた。
まだまだ足りないところもあり、
学ぶこと、
改善するべき点もあるけど、
それでも、
この言葉は本当に嬉しかった。
そして教師のひとり、Elianaが、

「今、本当に必要としていた人が、
私たちのもとを訪れてくれた。
この奇跡に、
私は心から感謝しています。」

と言っていた。
本当にそう。
悩んでいたある子どもと家族のこと。
彼女が来てくれたことで、
良い報告に向かうことができそうなのだ。

こうした出会い。

“一期一会”

とはよく言ったものだと思う。
こうした出会い、一つ一つを大切にし、
これからも歩んでいこうと思う。

日曜日、
私たちが活動するセアラ州アラカチ市との境にある、
リオ・グランジ・ド・ノルチ州モッソロ市に行ってきました。
実は、
ここには日系人の家族が営むメロン農園が数軒あり、
私たちも子ども達を連れて社会科見学に伺ったことがあります。
また、
以前関西大学の学生がボランティアとして滞在していた際には、
研修生として受け入れてくださったこともあるのです。

縁があってこの地で、
フォルタレーザに滞在していた
JICA日系社会青年ボランティアの日本語教師の方が、
日本語教室を開くようになりました。
私たちが受け入れているボランティアも
この方を引き継ぐ形で
7月より、日本語教室を行う事となりました。
私自身も1年以上ぶりにお会いになった、
『大谷さん』ですが、
相変わらずお元気で、
日系移民としてブラジルに暮らしているからこそ持っている、
子どもや孫たちへの思いを語っていらっしゃいました。
今回はこの引継ぎにあたり、
期間や日数、
どのような形式で行われるのかと言ったことを
話し合いに行ったのですが、
私の娘二人は
一緒に教室に参加し、
本当に楽しんで帰ってきました。
その時の作品です↓
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私たちが日系社会青年ボランティアを受け入れた大きな理由の一つが、
周辺地域で点在している日系人をつなぐ役目でした。
こうした活動を通じて、
お互いを知り、
交流を続けていくことができたらと思っています。

今日、
12月末まで滞在予定だったボランティアが、
予定半ばで、
カノアを発ちました。
実はこういう体験は初めてで、
期間の途中でいなくなるということに驚いているというのが正直な気持ちです。

「ここでの活動の中で、
自分の場所を見いだせなかった。」

という彼の言葉よりも、

「彼がクラスにこのままいると、
子ども達に良い影響を与えない」

というフラビアーニの言葉が私の心に大きく響いた。
“子ども”
が不快感を抱いている状況は許されるものではないと思ったからです。
というのも、
私たちの活動は、
“子どもが子どもらしく、子ども時代を過ごすためには?”
というスローガンのもとに行なっており、
その『子ども』の状況を見過ごすわけにはいかない。
それが最終決定を下した時のスタッフみんなの意見でした。

日本からボランティアを受け入れるというのは責任重大で、
危機感に疎い日本人を安全に暮らせるようにサポートしていくというのは
何もしないでもいいようで、
結構大変なものなのです。
(日本人の私が言うのもなんですが)
だから、
彼の次の受け入れ先に関しても、
できる限りのお世話とサポートは続けていくつもりです。

「さよなら」ではなく、「いってらっしゃい」と彼を見送った私。
それが私の心境を一番表しているように思う。

今日、
9月29日に
JICAサンパウロ事務所より、
JICA日系青年ボランティア担当者が
現地訪問にこられました。
今回は、
ボランティアが
どこに住み、
どこで働き、
どんな地域で暮らし、
仕事の内容といったことよりも、
日本から来て間もないボランティアの様子を
見に来たという印象でした。

私たちが話すこと、
それを聞きながら不安そうな顔のゆきちゃん。
でも、
彼女は本当に、
カノアに来てたった2ヶ月とは思えないほど。
それでも、
やっぱり焦ったり、
不安に思ったりしていることも
あるようです。

私たちにできることは、
とりあえず見守ること。
できる限りのサポートをすることだけ。
異なる環境の中での生活。
大変だと思うけど、
上手に力を抜きながら頑張って欲しいと思っています。

8月27日(土)。
一年間滞在したドイツ人ボランティアの
Angelikaがカノアを出発した。
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彼女は、
村人みんなから慕われる、
笑顔の素敵なボランティアだった。
あるおばあさんは、
たくさんのボランティが来ては去っていく中で、
唯一、
涙を流したボランティアだという。

村の生活に触れ、
そこに溶け込み、
どんな人に対しても、
分け隔てなく、
その人を受け入れる。

そんな彼女の姿勢は、
私自身見ていても勉強になるほどだった。
ある職員は、

「次に来る人が、
もう一人のAngelikaだったらいいな。」
というと、
『私は世界にただ一人よ』
と、
涙ぐみながら答えていたのが印象的だった。

一年というのは、
長いようで短く、
彼女自身もやり残したことがたくさんあると言って、
“帰りたくない”
と泣きどおしだった。
彼女がやり遂げたかったこと。
それを今いるボランティアが受け継ぎ、
ぜひ実現させてもらいたいと思う。

Angelika、
本当に一年間どうもありがとう!!!!!

現在私たちの団体には
2人の日本人ボランティアが滞在しています。
少しずつですが、
彼らがどんなことをしているのか、
紹介していけたらと思います。

今日は「TOSHIYA」くんです。

彼は現在6〜8歳の子どものクラスにアシスタントとして活動してもらっています。
8月11日、
毎週木曜日行われる、
彼の授業の初日でした。
今回は「書道:自分の名前を書こう!」です。
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子ども達に日本語には3つの種類(ひらがな、カタカナ、漢字)があること、
外国から来たもの、
子どもたちの名前も含めて、
“カタカナ”で表示されること。
そして、
それぞれが自分の名前を書いてみました。
たった2枚。
『もっとやりたい!!」
という子どもの声。
でも、
時間的なこともあり、
今日はここで終了。
“もっとやりたい”という子どもの気持ちは
絶対に次回につながっていきます。
その気持ちを大切に、
来週の授業に望みます。
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がんばれTOSHIYA君!!!!!

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