光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 人生

日本は冬到来。
寒い日が続いているのでしょうか?
こちらは相変わらずの暑さが続いており、
雨季に向けてか、
いつもでは感じられない湿気が空気を漂っている感じがします。

そろそろ雨季に入るので、
夜中から朝方にかけて雨が降る機会が増えてきました。
それと同時に、
我が家の庭には勝手に生えてくるスイカが、
無事に育ち始めています。
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さて、
日本への一時帰国が決定しました!!
12月28日に日本に到着します。
例年通り、
数ヶ月滞在予定なので、
報告会やワークショップ、
ブラジル料理教室への参加など、
今からとても楽しみです。
また、
今回は現地で実施している活動を少しご紹介したいと、
報告会や総会の場で皆さんにぜひ体験してもらえるよう、
準備しているところです。
紙面やインターネットだけではなく、
ぜひ体験しにきませんか?
ぜひどこかで皆様とお会いできること、
楽しみにしております!!!

パラグアイ滞在も残すところわずか。
往復夜中の便なので、
変に時間をもて余している私。

せっかくパラグアイに来たのだからと、
旧市街を観光。
研修後のため、
時間もほとんどなく、
ぶらぶらお散歩程度でしたが、
それでも一応、
観光したつもり。
とても親切な民芸屋の家族に教えて頂き、
実現したこの時間。
それにしてもパラグアイ。
人がよすぎる(笑)
[画像:8bba09d5.jpg]
夕飯は民芸屋の看板娘一押しのお店へ。
すると、
前日にも食べた料理ばかり…
なるほど。
これがパラグアイのソールフードなのかと納得し、
美味しくいただきました。
[画像:01f5e8cb.jpg]

今度いつ来られるのか未定のパラグアイ。
いつかまた、
来られるかな、
パラグアイ…(笑)

11月28日から5日間、
研修に参加するため、
パラグアイに来ています。
サンパウロから考えると、
国内のはずの私の最寄空港までよりも、
パラグアイの首都までの方が近い…
そんなある意味身近な国なのですが、
以前来てから15年以上が経とうとしています(笑)

さて、
今回の研修は中南米で活動している方々が数名集まり、
実施されました。
中米からはホンジュラス、コスタリカ、
南米からはボリビア、パラグアイ、そしてブラジル。
参加した中で私だけが唯一、
ポルトガル語。
他は皆さんスペイン語圏です。
ただ、
生活に困らない程度、
きちんと聞いて理解できるので、
滞在期間中も無事に過ごすことができました。
さて、
そんな話を他の参加者の方としていた時のこと。

私「ポルトガル語とスペイン語って、
  関東と関西弁の違いくらいですよね」

Kさん「えっ?そんなに近くないですよ。
    私ポルトガル語理解できないですもん」

私「そうなんですか?」

Kさん「多分スペイン語が標準語だとすると、
    ポルトガル語は津軽弁なんですよ。
    だからポルトガル語圏の人は理解できるけど、
    私にはポルトガル語がむずかしいんですよ」

私「えっ!?ポルトガル語、津軽弁だったんですね…」

なんと、
私個人的にはとても腑に落ちた話。
でもこれは、
あくまで私とKさんでのこと。
もしかしたらこれを読んだ人の中には

『それは逆でしょ!!』

という人もいるはず…
なかなか面白い発見でした(笑)

https://www.lifehacker.jp/2017/11/171119-reading-to-your-kids-once-they-learn-how-to-read.html

我が家には今、
中学1年生と、小学4年生の娘がいます。
寝る前の読み聞かせを未だに続けているのですが、
大きくなりにつれ、
話を聞くだけでなく、
読んだ内容について話し合うことが増えたような気がします。

記事の中に、
「 いじめ、人種差別、性差別、災害など深刻な問題に対する心がまえを(中略)現実でも架空でも人生を変えるような難しい決断を迫られた複雑なキャラクターの物語を読み、その問題について一緒に考えれば (一部抜粋)」
とありますが、
まさしく、
本にはこういった人生にとって大切なことを伝えることごできる。
と、
私は強く感じています。

皆さんもぜひ、
本を手に取り、
読んであげてみてください。

“座右の銘”
という言葉を娘たちが知っているかどうかは定かではないが、
ここぞという時にいつも聞かれる言葉。
それを信条としている言葉がそれぞれあるらしい。

長女は、
『塵も積もれば山となる』
意味:小事をおろそかにしてはならないという戒め。
塵のようにごくわずかなものでも、積もり積もれば山のように大きくなるということから。

良いことでも悪いことでも、
どんな小さなことであっても、
それが度重なれば、
大きくなってしまう。
だから、
友達との言動に気をつけるようにしているという。
我が娘ながら素晴らしい。
(ただ、残念ながら姉妹間では例外となるらしい)

二女は、
『十人十色』
意味:考え・好み・性質などが、人によってそれぞれに異なること。

みんな違うから、
楽しい。
みんな違うから、
素晴らし。
という、
自然体でこの考えがみについている。
くるくるの髪の毛など、
実体験の中から学んだことなのかもしれない。

私は彼に「うるさい!!」
と言われるほど、
毎日のように、
娘たちと話をします。
くだらないことから、
学校での問題。
人生相談まで。
内容は様々だけど、
とにかく私よりもおしゃべりな二人。
でもそれが私にとっての安心なのかもしれない。
とにかく引き続き、

“いつでも話を聞くよ!!”

でいきたいと思う。

数年前から、
私が住むアラカチ市内の中学校で、
グループでの自殺未遂が急増している。
そのきっかけは、
SNS経由で送られてくる、
あるメッセージだった。

『このグループにいたいなら、
リストカットをした腕をアップしろ』

ブラジルでは
"Baleia Azul"
と呼ばれている、
一種のチェーンメールのようなものだった。

その後、
その名前を聞くことがなくなったと思ったら、
今年に入り、
中学校内のトイレで、
リストカットをする生徒が急増していると、
あちこちの学校で聞かれるようになった。
グループで行う時もあれば、
一人の時もあり、
ある学校では生徒がトイレに行くときには、
教員が必ず付き添うという。
リストカットする生徒はある特定の生徒というわけでもなく、
成績の良い子も悪い子も、
家族関係が良好の子もそうでない子も、
こうした行為にはしっている。
中にはそれがエスカレートし、
自宅で首を吊り亡くなるケースもあった。
なんと私がインタビューした27校の内、
25校でこうした現象が起こっているのである。

いったいどんな理由があるのだろうか?

一つには思春期特有の悩み、
容姿に関わること、
友人などの人間関係、
恋愛関係があげられる。
もう一つには、
経済的不況もかかわり、
10代の犯罪、
特に麻薬による殺人事件が増加していることにも表れている、
将来への不安。

我が家の長女は中学生。
彼女と話す中にも、
知人の不登校、
知人が自殺をほのめかす会話をするなどが聞かれる。
ただ彼女曰く、
「どうして?」
と聞くと、
たいていの場合はほんの些細なことで、
話を聞いてあげていると、
その内今までのことが嘘のように、
晴れ晴れした顔で学校に来るようになるという。

なぜ家庭ではなく、
学校で行われるのか?
生徒から話を聞くと、
親は信頼できない。
学校の先生の方が信頼できるから…と。

こうした行動の背景には、
インターネットやSNSの普及が大きく関係しているように思える。
それに加え、
人間関係の築きにくさというのもあるように感じる。
私たちが生きる現在。
何を大切に生きていくべきなのか?
常に考える姿勢が必要なのかもしれない。

先日、
突然メールで連絡があり、
私たちの活動を見学し、
もし時間が取れれば、
教師たちに対して講座を開くこともできる…という。
彼女自身のことは知らないが、
彼女の仕事、
それらをサイトで見ていたこともあり、

“あの人が直接話をしてくれるのならぜひ!!”

と、
教職員にも話をし、
急遽勉強会を開くこととなった。

テーマは、
『1年のリズムにおける、行事』

私たちは1年の中で、
その季節に応じて、
ブラジルは宗教的な祝日も多くあるため、
そういった祝祭など、
それらを取り入れ、
1年の活動計画を立て、
毎月の活動が決定されていく。
中には、
特に私にとって宗教的な祝祭に関しては、
深いところまで理解できていないことも多く、
それらに関しては、
担任教師に任せていることが多々ある。
そんな中での今回のMileneの訪問。
今までよく理解していなかった部分を補ってもらうべく、
私はこの勉強会を個人的にとても楽しみにしていた。

彼女の話は、
まず、
心と体、
そのバランスについてから始まった。
一見、テーマとはあまり関係なさそうな話。
しかし、
1年の流れ、
その中に位置する季節や行事について話している中で、

「なるほど。
だから導入部分で心と体の話をしたのか」

と、
納得することがたくさんあった。

子どもは保育園に通う1年の中で、
私たちが準備した環境を通して、
多くのことを学んでいく。
それは部屋の飾りつけや使う道具、
教師の立ち振る舞いだけではなく、
季節やその時の行事にも大きく左右されることがある。
ブラジルでは年度始まりが1月のため、
クリスマスを過ぎ、
正月を迎え、
カーニバルを終え、
もしくはその少し前に新学期が始まることとなる。
例えば、
カーニバルの前に新学期が始まるときと、
後に始まるとき。
これによって、
子どもの心の動きや、
周囲の環境は大きく異なる。
カーニバル前に新学期が始まるときは、
子どもはいつも以上に落ち着かず、
家族や周囲もカーニバルを迎えるために騒がしく、
とてもじゃないが、
何か活動を取り入れる状態にはならない。
そのため、
保育園内では、
できるだけ静かな環境の中で過ごせるよう、
教師は準備を進めていく。

今回の勉強会の中で、
自分の考え、感じていること。
自分の立場。
そして、
他人の考えや感じていること。
その立場。
一人一人異なっていることは当然あり、
それこそが人間の面白みともいえるのだが、
その中で、
自分の今の状態、
バランスを考えてみると、
「おっと、
これが足りなかった。」
「あつ、
ちょっと重すぎるかな」
など、
それができるかできないかで、
社会の中での生き方が大きく変わっていく。
そんなことを強く感じることができた。

バランスを取ること。

これは意識しないとできないことで、
簡単な時もあれば、
それを実践するのが難しいときもある。
でも、
一番大切なことは、
いつも自分に問いかけることではないか?
今回の学びは、
そのことであったように思う。
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我が家には2人の女の子がいますが、
今日は二女の話を少し…

二女はただいま小学4年生。
年齢の割に夢想家で、
落ち着きがなく、
そのくせ人見知りで、
慣れると人懐っこい。
まるで犬のような娘です。
その笑顔にいつも癒される私は、
ついつい甘くなりがち。
それでも、
大きくなるにつれ、
長女ほどではないにしても、
自己主張が強くなり、
反抗的になることもしばしば。
それでも、
嬉しいことでも、
悲しいことでも、
言葉と体で表現してくれるので、
親としてはとってもわかりやすく、
安心できる存在でもあります。

そんな彼女。
いつからか、
将来の夢が“保育士”に。
私と同じ道を歩んでくれるというのは本当にうれしい話。
そして先日、
突然こんなことを言い出しました。

「ママがおばあちゃんになって、
仕事するのが疲れちゃったら、
私がママに代わって保育園の園長先生になるよ。」

目に涙がたまるほど嬉しい言葉。
しかし一つ気になることが…

“ママがおばあちゃんになって”
とは、
どのくらいの年齢を想定しているのだろうか?
すると、
先日一緒に旅をした方の中に、
80歳になる方がいたのですが、
その人を想像して言ってくれたらしい。。。
ってことは、
私が80歳過ぎないと継いでくれないのか(笑)

それでも、
娘のその言葉。
とっても嬉しかったです。
でも、
もう少し早めにお手伝いを始めてくれると嬉しいなぁ〜
というのは望みすぎですかね???
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以前にも紹介したことがあるのですが、
カノア保育園の第一期生で、
今はドイツの大学で学んでいる、
"Viviane"が、
休暇を利用してカノアに戻ってきています。
ドイツ語の語学学校から、
大学への入学の際、
何を学ぼうかと悩んでいた彼女ですが、
自身の幼児期の体験から、
なんと、

「保育士」

になることに決めたそうです。
ということで現在、
ドイツの大学の教育学部幼児教育専攻で学んでいるとのこと。

自分の将来の夢を考えたとき、
今までの人生の中で一番幸せだった時、
その思い出が頭に浮かんだそうです。
そして、
自分自身もそんな風に子ども達に幸せを与えてあげたい。
だから、
保育士になりたいんだと話してくれた時の彼女の顔。
声。
表情。
しぐさ…
本当にうれしくて、
私の眼には涙がたまっていました。

夢の実現に向けて歩み始めた彼女。
今まで以上に、
応援していきたい。

皆さんもぜひ、
彼女を応援してあげてください!!
図1図2

私はいつも、
「自分らしく生きたい」
と思い、
まっすぐに、
馬鹿正直に、
時には周囲の人に迷惑をかけながら、
生きています。
それが可能なのは、
私自身がいつもゆるぎなく、
目指すところが少しずれたり、
寄り道をしても、
山の頂上を目指して、
登っている。
そんなイメージをいつも持っているからかもしれません。
それでも時には、
本当にこれでいいのか。
大丈夫なのか。
続けていけるのか。
と、
悩み、
苦しむことがあります。

下重暁子さんインタビュー 第1回
81歳の今だから語れること「子どものいない人生に一度も後悔はありません」
http://wotopi.jp/archives/59049
の中に、
こんな言葉がありました。

『いろんな人がいて、いろんな声がある。
その中で、毎日自分を確認していかなきゃいけないわけですから。
本当に間違いがないかな。
私は本当にそれで生きて行けるのかなと思考を繰り返すことで、
で自分という人の基礎ができる。
最初からしっかりしている人なんてどこにもいませんよ。』

私はまだ人生の半分くらいを歩いているところ。
なんだかこの言葉に勇気づけられ、
これからもまだまだ思い切っていけそうな気がしてきました。
さて、
目指すところは......

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