光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 子ども

先月、
次女が突然、
こんなことを聞いてきました。

「もし、代表になったら、
ニューヨークに行くんだって。
行ってもいい?」

いったい何の話なのか分からない私が、
よくよく娘の話を聞いてみると、
こんなことをでした。

よこはま平和スピーチコンテストというのが毎年行われており、
作文の好きな彼女は、
今、
私の伝えたいことを上手く書ければ、
代表になるかもしれない…と。

彼女は、
ブラジルで生まれた自分が、
日本とブラジルで、
たくさんの人に助けられながら幸せに生きていること、
自分の周りには、
つらく、苦しい思いをした人がいて、
だけど、
皆が幸せに暮らせる、
そんな世界を夢みていること。

書いた作文を読んでみて、
親だからということもあるかもしれませんが、
本当に素晴らし作文でした。

クラス代表となり、
学校代表となるためのスピーチを行った日、
明日の発表をドキドキしながら、
家族皆で待っていました。
翌日、
次女は残念ながら、
第2位となり、
学校代表とはなりませんでした。

それでも、
こうして色々なことを考えているのだと知ることができ、
本当に嬉かったです。

次女曰く、小学生でもいそうとのこと。
親として、教育者として、
子ども達が依存症にならないように見守っていきたい。
暑いけど、そんな日だからこそと、
水鉄砲で遊ぶ我が家の娘達。
そんな姿をみながら、考えさせられます。

我が家では、
GWにブラジルへ出発…というのが恒例化しているため、
娘達は、
学校行事に参加することが、
とても難しいのです。
が、
長女の場合、
1年生のときに最初で最後の運動会に参加し、
宿泊体験は、
修学旅行には行けませんでしたが、
5年生のときの体験学習に参加しました。
可能なときに、
体験できることをさせてあげたい。
周りのお友達と同じことは叶わなくとも、
素敵な体験をさせてあげたい。
学校の先生は、
いつも娘達のことを考慮して下さり、
本当に感謝しかありません。

そして今年。
小学6年生の次女は、
最初で最後の運動会に参加しました。
準備や、
練習。
全てが楽しくてしかたのない娘。
当日も、
係の席に座り、
暑い中、
最後まで笑顔で過ごしていました。
最終学年恒例の、
よさこいソーラン節。
お友達は皆、
1年生のときから見ていた、憧れの踊り。
その体験のない娘。
それでも、
ブラジルで、
現地の子ども達にソーラン節を教えてくれ、
一緒に踊っていた娘は、
その踊りを思い出し、
踊ったそうです。

素敵な思い出、
本当にありがとうございました!12

我が家では、
毎晩娘達と、
ひどいときには何時間も話をしています。
私は聞き役なので、
もっぱら、
娘達二人が話しています。

先日、
なぜ次女はいつも、
「ママ〜」
と言っているのか、
と、
長女が解説。

私は長女が生まれた後も、
あちこちを動き回り、
仕事をしていました。
会議の席に娘が同伴していたことも、
少なくありません。
そのため、
長女曰く、
ママは何をしていて、
いつ帰ってくるのか…
ということが、
感覚的に分かるそうで、
私が出張でいなくても、
不安になることはないそう。
だけど次女は、
保育園や祖父母に預けられ、
いつもママの帰りを待ちわびている生活。
だから、
帰ってくるまで、
不安になってしまうのではないか?
とのこと。

なるほど。
一理あるかもしれない。
まぁ、
それだけではなく、
それぞれの性格も大いに関係しているとは思いますが(笑)
何せ、
次女は私と変わらないくらいの背がありながらも、
おはよう!
と言って、
抱きしめてきたり、
歩いているときに、
手を繋いだり…
と、
肌が触れ合うことが大好き。

それでも娘の見解、
なかなか鋭かったです!

次女は小学6年生。
運動会は毎年、
5月末に開催されます。
残念ながら、
一度も参加したことのない、
我が娘。
今年、
最初で最後の運動会に参加します!

6年生は必ず、
よさこいソーランを披露します。
友達は皆、
5年生のときにも一度踊っているのですが、
我が娘は初めて。
今週、
運動会の練習が始まり、
帰宅後に必ず、
自宅でよさこいソーランを踊ります。

ただ、
ブラジルでよさこいソーランを教える姿や、
一緒に踊ったことがあるため、
何とか大丈夫そうだという、
我が娘。

頑張れ!
そして、
ブラジルでよさこいソーランを教えてくれた翼くん、
ありがとう!
本番が今から楽しみです!

【HPの一部を変更しました!】
2019年4月1日より、HPの一部を変更しました!
今まで会員費や寄付をHPからクレジット決済できていたのですが、
2019年3月31日を持って、
閉鎖させて頂きました。
今後は今まで同様、
郵便振替もしくは口座振り込みにてお願いできますよう、
よろしくお願い致します。
また、
会報誌である「Canoaだより」を
HPよりダウンロードして頂けるようになりました。
第41号からとなりますこと、
ご了承下さい。
これからも「光の子どもたちの会」をよろしくお願い致します。

私がブラジルに行くきっかけとなったのは、

「世界の子どもって?」

という疑問を持ったからです。
そんなことをお話しすると、
必ず、
「では、日本と世界の子どもの違いって何ですか?」
という質問をされます。
今までは、
「日本も世界も、
子どもは子どもなのだということを知りました」
と、
答えていました。

これってどういうことなのだろうか?

先日、
写真家の田沼武能氏のお話(読売新聞2019年3月23日夕刊)を読んでいて、
「働く子ども、
満足に食べられない子ども、
裕福な家庭の子ども、
学歴競争にさらされている子どもなど、
世界中にいろいろな境遇の子どもがいます。
でも、
「遊びたい」という気持ちと、
遊びから社会のルールなど多くのことを学ぶことは、
どの国の子どもにも共通しています。」
とあり、
感銘を受けました。

子どもを通して人間を学ぶ。
その中心は、
「遊び」
にあるのだと。

遊びたいと思える、
遊べる環境があることが、
どんなにも大切なものであるか、
改めて感じさせてくれました。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20190318-OYT1T50149/

やっとか。
というのが、
私の本音である。

義務教育が義務化されていない外国籍の児童にとって、
義務教育期間内の学校への通学は、
行っても、
行かなくても、
問題のないもの…
であった。
それでも、
就学年齢になれば、
学校への就学を前提にすることは、
当たり前のこと。
義務化となっていないことも問題だが、
日本語教育だけでなく、
自国とは異なる環境の中での生活を送ることを考慮し、
留年制度がない義務教育期間内の就学を柔軟にとらえるということが、
ようやく実現されるらしい。

今までは、
16才となる年の4月には、
中学ではなく、
高校に行く必要があった。
今回の改正で、
必要に応じて、
中学への就学が可能となるようだ。

日本でも、
外国籍に関わらず、
子どもに対する教育の実現がもっと柔軟に行われることを、
心から願っている。

昨年、
保育者と親のための学び&交流誌
「エデュカーレ」
で、
編集長の「汐見稔幸先生」と、
対談をさせていただきました。

その記事を見て、
コメントをくださった方がいます。
その方が書いていたこと、

「親ができることは、子どもを信じることだけ」

という言葉にハッとさせられた…と。

私自身、
日本の子ども達が気になり、
世界の子どもの様子を知りたいと思うようになりました。
今でこそ、
ブラジルでの活動が主体となっていますが、
やはりいつも、
どこかで伝えたいと思っているのは、
日本の子ども、
子育てをしている人たち、
保育、幼稚園関係者
に対してなのかもしれません。

今回のコメントは、
本当にうれしかった!
そして、
こうしたシンプルなこと、
それが実は、
とても大切だという事実。
ぜひ、
これからも発信していけたらなぁ〜と思います。

我が家の娘たちは現在、
中学2年生と小学5年生。
日本とブラジルで生活し、
学校に通い、
その両方の言語(日本語とポルトガル語)で
話し、
読み書きができます。
日本でも、
ブラジルでも、
授業に参加するために、
問題があったことは一度もありません。
それでも、
文章読解、
作文など、
母語となる言語の揺らぎがあるのではないか?
と考える場面は、
何度もありました。

「1,2,3歳 ことばの遅い子」(ぶどう社)中川信子著
を読みながら、
これは、
外国に繋がる子どもたちなどにも通じる部分があるのではないか?
と思うことがありました。
その中に、

「身体が健康で、
心が安定していることが、
ことばの育ちの前提条件なのです」

という記述があります。
大脳が受け持つ「ことば」。
それは、
身体の働きをつかさどる脳=脳幹
心の働きをつかさどる脳=大脳辺縁系
に支えられている。
という事実があるからです。

何よりも、
子ども時代に健康で、
心が安定できる環境で育つこと。
それがあって、
ことばというものが育つのだ。
その事実は、
私に大きな安心を与えました。

娘たちはこれからどんな人生を送り、
どんな困難が待ち受けているかもしれません。
それでも今、
子ども時代を過ごした時間、
それがどれだけ豊かなものであったかを思うと、
勝手に
“大丈夫”
と思えてくるのです。

そう感じられる子ども時代を、
全ての子ども達が送れますように…
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