光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 教育

我が家の長女は高校1年生。
学校の授業が楽しくて、
家に帰ってきて詳細に話してくれることもある。
彼女いわく、

「日常生活と、
学んでいることがつながっていると、
楽しくて仕方ない」

のだそうだ。
話を聞いていると、
自分が高校生だった時とは異なる、

自分たちで考える。
自分たちでプレゼンする。
(ポスターなどの場合もある)
分からないことはとことん教えてもらう。

ことがほぼすべての授業で行われているのだ。
今何が起こっているのか。
学んでいることはどんなことに役立つのか。
この教科とのつながりは何か。
他の教科との交差点はどこにあるのか。
など、
教科を超えた学びのことも多い。

学校で学ぶことは、
学生にとっては重要な学びの時間となる。
その中で、
一方通行ではなく、
様々な角度から、
専門家などにもお願いして、
学びを深めていく取り組みは、
これからも広がっていくだろう。

(下記一部抜粋)
「数学の教員が
「僕が教えていることは社会では全然役に立ちませんよ」
と自虐的なコメントをしたところ、
大手企業でマーケティングを担当する女性が
「そんなことはありません。
私は高校の数学が、
今マーケティングにすごく役立っていますよ」
と返した」

そう。
何がどこにつながっていくのか。
それは社会に出てからしか分からないことかもしれない。
それでも、
楽しく学ぶ場を、
学生だけでなく、
教師にも持ってもらいたい。


「「AI戦略2019」では、
「人間の尊厳の尊重、多様性と包摂性、持続可能性」という理念と、
「人材・産業競争力・技術体系・国際」という戦略目標が掲げられている。
これらの達成に向けた具体的な目標や取り組みとして最初に提示されているのが、
「教育改革」だ。」(下記サイトより一部抜粋)

私たちが今生活している世界は、
どんどんデジタル化されており、
アナログの生活は縁遠いものとなっている。
そんな中でも、
大切なものは、

「人」

ではないかと思う。

「「AIがあろうとなかろうと、
どんな時代でも求められる人材像はそんなに変わりません。
大切なのは『主体性』『思考力』『感謝する心』『実行力』。
日本の教育はこの4つの力を身に付けられる教育に転換しなければいけません。
ICTは、
これらの力を伸ばしてくれる『道具』です。
また、
こうした力が基盤になければAIを使いこなすことはできません」」(下記サイトより一部抜粋)

AIが発展していくと、
人は仕事をどんどん奪われていく。
そんな話を近頃よく耳にするようになった。
でも、
上記に書いてあるように、
人として大切なもの。
それはゆるぎないものであり、
そうしたものを学ぶための
“教育”
はその中でも重要であると考える。

私たちが未来のために、
子ども達に学んでほしいこと。
それをきちんと身につけることができるよう、
サポートしていかなければならない。
それこそが、
今、
私たちが持つ、
大きな責任といえるのではないだろうか。


私たちは今、
子ども達をどのように育てていけばよいのか。
何がこれからの社会にとって必要となるのか。
その転換期といえるかもしれません。
その代表的なものが、
「新学習指導要領」
です。


この指導要領の中で大切なのは、
今までになかった
“前文”
にあるそうです。

「「自分のよさや可能性を認識するとともに、
あらゆる他者を価値のある存在として尊重し、
多様な人々と協働しながら様々な社会的変化を乗り越え、
豊かな人生を切り拓き、
持続可能な社会の創り手となることができるようにすることが求められる」

つまり、
従来どおり「個人の成長」を重視しながらも、
新たに「社会人としての役割」が加わったのです。(一部抜粋)」

この文をきちんと理解し、
受け止め、
かみしめながら、
目の前にいる子どもたちに接していかなければならない。
そして、
教えていく必要がある。
そのことを私たちは、
知るだけでなく、
行動で示さなければいけないのです。

「子どもたちが学びたいと思っていない状態で、
教員が教えすぎても何も残らない。
大事なのは、
学びたいと思わせることや、
自分で一歩を踏み出す力を育むこと。
どんな優れた指導法も子どもたちの『やりたい』にはかなわないと思っています(一部抜粋)」

「英語の場合は『言葉』を使ってどうしたいか、
というところが大事。
英語を使ってやりたいことが見えたときに、
初めて文法を学ぶことの意味を知るのです(一部抜粋)」

子どもの主体性というのは、
今、
教育の世界で常に問われ続けているところです。
どうやって、
子どもの主体性を確保することができるのか。
どんな授業が、
「主体性をもっている」
ということができるのか。
これは、
学校教育だけでなく、
幼児教育でも同じことです。

子どもがやりたいと思うこと。
知りたいと思うこと。
それを、
私たちは知り、
そのための環境を整える。
簡単なようで、
難しい作業。
それでも、
子ども達が生き生きと学んでいる姿を見ると、

「やった!!」

と喜ぶ自分がいます。

子どもが楽しく学んでいれば、
教師も教えることが楽しくなる。

まずは、
目の前の子どもを観察するところから始めてみませんか?


「永劫回帰の本質は変容にある」
「人は日々、考え、改め、いろんな風に自分を変えていく」
「上手くいくこともあれば、間違うこともある」
「日々、考え、改め、試行錯誤を繰り返す魂こそ、永劫回帰が実感できる」
「柔軟性を欠いた人間は、ひたすら真っすぐな道を歩くだけ」
「永劫回帰は円環」

目標を持って、
歩みなさい。
と、
わたしはブラジルの子どもたちにも、
先生たちにも、
そして娘たちにも伝えてきました。
しかしそれもまた、
この柔軟性を伴うものでなければならない。
紆余曲折があってもよい。
壁にぶつかることから学べばいい。

「永劫回帰」

は、
わたしが伝えたかったことを丸ごと、
秘めている言葉でした。
ニーチェの言葉。
偉大ですね。



今、
学校教育というのは大きな転換期を迎えている。
わたしが中高生だった時と今では、
学びというものの捉え方が変わってきていると感じる。
例えば、
期末テストで良い点を取れば、
授業態度や、
課題等の提出ができていない
ということがあっても、
そこそこ良い成績が取れた。
逆に言えば、
テストの点数が悪ければ、
対話ができ、
コミュニケーション能力が高い
といった素晴らしい点があっても、
評価されなかったのだ。

「そのポイントは、学びのスタイルを一律にしないことにあるという。読み書きの学びが得意な子どももいれば、聞いて話す学びのほうが得意な子どももいる。そうした自分の得意を伸ばす、あるいは補完するためにICTを“文房具のように”扱うことが重要なのだ。(一部抜粋)」

これは本当にその通りだと、
わたしも大賛成だ。
ただ、
自分の弱みを理解するためにも、
体験すべきこともあると個人的には感じている。

「宿題廃止、定期テスト廃止、固定担任制廃止(一部抜粋)」

これらをすべて廃止にすることには、
私自身、
まだ抵抗がある。
そのためには、
準備することがあるのではないか?
それだけを実施していては、
本来の目的を失ってしまうのではないかという危惧があるからだ。

「世の中のスタイルは、何でも対話が基本で双方向であるはずです。(一部抜粋)」

これを目標として掲げるのならば、
自分の地域では、
目の前にいる子どもに対しては、
どうするべきか。

それを私たちは、
考えていかなければならないのではないか。

※参考記事


「日本の読解力が低下している」

という話は、
近年よく聞くのではないだろうか。
しかし今回、
ここでいう「読解力」というものが、
私たちが一般的に理解しているものとは異なっているということが、
重要なポイントとなってくる。

「今、世界で求められている読解力とは問題を解決する力」

これが今、
世界で求められているものであり、
子ども達がこれからの人生を歩んでいく上で重要であると考えられているものであるといえる。

読解力の
_歛蠅鮖って情報を集め
△修譴鰺解し
I床舛靴峠蝋佑垢
というプロセスは、実は問題解決のプロセスそのもの

これを理解してみると、
2020年4月より導入された、
「新学習指導要領」
に掲げられていることがこの重要性を言い当てている。

「空欄を埋める力から気づいて行動する力へ」

これから私たちは、
こうした力を必要としてくる。
だからこそ、
子ども達の学びへの向き合い方を、
今一度考える必要があるのではないだろうか。

詳しくはこちらを参照↓

9月29日付の「gazetaweb.com」の記事によると、
ブラジルの15歳の生徒の内、
34%が、
留年をしているとのこと。
実は、
15歳の子どもの中には、
既に学校に通っていないという子も多くいます。

15歳というと、
中学から高校に上がる年齢。

ブラジルには留年制度があります。
そのため、
年度末には進級テストが行われます。
そして、
日本でいう、
小学校から中学校に変わる、
5年生から6年生に上がる学年では、
留年する児童が増加する傾向にあります。
そして、
この15歳。
義務教育課程は9年生まで。
日本でいうところの中学3年生。
この学年にいる生徒の多くは、
15歳となります。
この学年の子どもの留年率が高いということは、
中学卒業レベルの学びを得られていない生徒が多くいるということを意味しています。

私は個人的に、
留年制度はうまく活用すれば素晴らしいものだと考えています。
1年間で授業を十分に理解できなかった児童や生徒に対して、
異なる方法で、
その課程を学べるように工夫し、
翌年に進級できるようにする。
もしそれが可能なのであれば、
子どもの時間やリズムに合わせて学ぶことができる制度だと思うからです。

ただ、
ブラジルの公立学校において、
留年した生徒は、
翌年、
同じようにまた授業を受け、
そして留年する…
その結果、
ドロップアウトしてしまうという現象が起きています。

34%の留年した生徒。
はたして彼らは、
その後、
学校に通い続けているのでしょうか?

全ての児童、生徒が学ぶことができる環境。
学校がそういう場所となることを、
願っています。

「怖い」「恐い」
どちらも、
「こわい」
と、読みます。

意味合いもほとんど同じですが、
違いは2つ。

1つは、
「怖い」は常用漢字で、
「恐い」は常用漢字ではありません。

因みに、
常用漢字とは、
一般社会における、
漢字の使用目安となる項目のことです。

2つめは、
「怖い」は主観的な恐怖のことで、
「恐い」は客観的な恐怖のこと。

「怖い」は、
自分が持っている経験や知識によって、
自分だけが恐怖を感じる主観的なもの。

自分に危害が加えられないと感じているときは、
「恐い」
を使います。

同じようにみえて、
異なる意味合いがあるもの。

日本語は、
奥深いですよね。



プログラミング
STEAM

新しく学校の教科として加わることになったものです。
それが一体何なのか。
どんなことを教えるのか。
子ども達は何を学ぶのか。
まだまだ分からないことばかりですよね。

今回STEAMについてを読んでいて、
なるほどと思ったこと。

「プロジェクトの面白さは、
結果よりも過程にあります。
ドキュメンタリー番組でもそうですが、
失敗やつまずきをどのように克服したかがやはり面白いですし、
伝わってくるものも多いです。(一部抜粋)」

失敗する体験も大事。
結果よりも、
そのプロセスに目を向けることが重要だといっていることです。
知らなくて当たり前。
教師も生徒も、
分からないからこそ、
そこから学ぼうとする。
それが大切なんですよね。

「意見や発言を求めるのは、
言葉遣いこそ変わるが、
小学校前の保育時から(一部抜粋)」

親や保育士は、
子どもが失敗する前に、
手を差し伸べようとしてしまいます。
転ばなければ、
歩くことが学べないのと同じで、
失敗してもよいのです。
知らなくてもよいのです。
それを自分で問う。
それが大切なんですよね。

「むしろ教えすぎず、
ある程度子どもたちに自由に悪戦苦闘させるのがよい(一部抜粋)」

さぁ、
今日から始めましょう!!

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