光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 教育

日本でも教師の日というのがあるのを知っていますか?
日本では国民の祝日ではありませんが、
1994年にユネスコは、
10月5日を世界教師デーと定めました。
近年教師の勤務時間など、
大きく変わろうとしていますが、
2015年以降、
学校によっては、
このユネスコの定めた10月5日に、

「先生ありがとうの日」

としてお祝いすることもあるそうです。
そしてブラジルでは、
10月15日が教師の日です。
その起源はとても古く、
1827年にドン・ペドロ一世によって、
定められたようです。
その後1963年に、
ブラジルの条例にて、
10月15日を教師の日と正式に定めています。

調べてみると、
2013年より、
私が住んでいるセアラ州では、
この日は学校を休校としています。
そして、
市の全教員を招待してのパーティーが行われたりもします。

今日、
私が教師の友人、知人に送ったパウロ・フレイリのメッセージです。

Paulo Freire

学童教室には、
小学校1年生〜3年生までが通っています。
先日、
教室の中である子どもがみんなに向かって、
こんなことを言いました。

「俺は今でこそ公立の小学校に行ってるけど、
去年まではアラカチでも一番って言われる私立の学校に行ってたし、
いつもクラスではトップだったし、
家にはパソコンがあるし、
言えば親が何でも買ってくれる。
お前たちとは違うんだよ!」

それを聞いた担任教師は、
どんな言葉をかけようかと、
しばし考えていたそうです。
すると、
一人の女の子が彼に向ってこう言いました。

「私達にはモラルがあるし、
家族が与えてくれている素晴らしい教育もある。
あなたのようにたくさんの物は持っていないかもしれないけど、
人間として大切なものは、
あなたよりもたくさん持ってるつもり。
あなたもそのことに早く気づいた方がいいわ。」

その言葉を聞いた男の子は、
驚いた顔をした後、
恥ずかしげにうつむいたそうです。

その後、
子ども達は自然と輪になり、
ディスカッションを始めました。

“私たちにとって大切なものは?”
“人と一緒にいるために必要なことは?”
“私たちの良いところはどこ?”

それぞれが自分の考えを口にしながら、
話し合っている様子を、
担任教師は黙って見守り、
そしてとても嬉しく思ったそうです。

それぞれの家庭環境、
経済状況は違えども、
人として、
大切なものは同じである。
そのことをこの子ども達は、
真剣に語り合っていました。
こういう時間を私たちはこれからも大切にしていきたいと、
心に誓ったのでした。
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https://mainichi.jp/articles/20190504/k00/00m/040/098000c
上記のような記事が出た。

どこがでやっぱりか…と思ってしまう部分もある。

私が小学生の時と比べると、
娘が通っている学校でも、
外国籍児童がたくさんいると感じる。
ただ、
その対応は市区町村というよりは、
各学校によって、
大きな差があるように思う。
現に、
私の娘が通っている学校と、
他の近所の学校を比べると、
対応に差があるのは一目瞭然だ。

地域性ということもあると思うが、
これから益々増えるであろう、
こうした外国籍児童の問題に対する課題を、
自治体だけでなく、
学校や地域の人達が一体となり、
明確に持つ必要があるのではと、
私は考える。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20190318-OYT1T50149/

やっとか。
というのが、
私の本音である。

義務教育が義務化されていない外国籍の児童にとって、
義務教育期間内の学校への通学は、
行っても、
行かなくても、
問題のないもの…
であった。
それでも、
就学年齢になれば、
学校への就学を前提にすることは、
当たり前のこと。
義務化となっていないことも問題だが、
日本語教育だけでなく、
自国とは異なる環境の中での生活を送ることを考慮し、
留年制度がない義務教育期間内の就学を柔軟にとらえるということが、
ようやく実現されるらしい。

今までは、
16才となる年の4月には、
中学ではなく、
高校に行く必要があった。
今回の改正で、
必要に応じて、
中学への就学が可能となるようだ。

日本でも、
外国籍に関わらず、
子どもに対する教育の実現がもっと柔軟に行われることを、
心から願っている。

「インクルーシブ教育とは,
障害のある子どもを含むすべての子どもに対して,
子ども一人一人の教育的ニーズにあった適切な教育的支援を,
「通常の学級において」行う教育のことです。」

と、定義されています。

実は私、
この教育のことを知りませんでした。
先日中学生の娘が学校からもらてきたプリントに、
神奈川県立高校において、
インクルーシブ教育実践推進校が2020年より14校になる。
と書いてあったので、

「これは何だ?」

と、
調べてみました。

こうした動きがあることは、
とても前向きだと考えます。
ただ、
養護学校等であれば卒業後のケア(就職後の訪問等)が行われているのに対し、
こうした通常の公立校において、
そこまで細かなケアを行うことが可能なのだろうか?
と、
単純に疑問に感じてしまいます。

私が高校受験をしたころ、
県立学校は学区ごとに分かれており、
成績などに応じて入学できる学校が決まっている、
そんな状況でした。
しかし現在では、
学区も撤廃され、
様々な科が新設され、
こうした新たな取り組みを実践している学校もあります。

「我が子に合う学校とは?」

と考えた時、
子どもたちが最終的に決断するにしても、
どんな学校があり、
どのような違いがあり、
どのような学校生活となるであろうかということを、
親である私たちがきちんと理解している必要がある。
そう、強く感じています。

少しずつこうした違いを積極的に学んでいるのですが、
今回のように、
まだまだ知らない取り組みや教育方法があるのだと思います。
さて、
今一度、
勉強だ!!

今日、
10月15日は、
ブラジルで「教師の日」。
近年は私が住むアラカチ市でも、
この日は祝日となっています。
そのため、
学校はお休み。

「医者になるにも、
弁護士になるにも、
どんな仕事に就いている人でも、
"教師"
がいなければ、
その資格を得るのは難しい。」

と、
ブラジルで言われています。
そう言われるようになった背景には、
"教師"という職業に対する、
意識向上を促す役目があります。
他の専門職に比べ、
給与も安く、
待遇が良いとは言えない"教師"。
こうした意識の変化により、
少しでも待遇改善につながっていけばと、
願って止みません。
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現在私たちがブラジルのアラカチ市で実施している活動は、
主軸の保育園事業とは別に、
主に2つ。
  1. ライフスキル授業の確立
    地域子育て支援ネットワーク


これらの事業は、
私たち小さなNGOが他国で実施している事業としては珍しく、
他地域へのモデル事業としての力を持っており、
5年が経過した今、
UNICEFを通じてブラジル全土に広まり、
それが今では、
アフリカなど、
第3国支援の一つのあり方として、
私たちの活動が生かされるかもしれない。
そんな可能性が見えてきました。
この2つの活動は全く別々のものに見えるかもしれない。
でも、
軸は一つ。

「地域力向上」

子どもやお年寄り。
全ての人が安心して幸せに過ごせる環境。
それはすべての人にとっても素晴らしい環境となるはず。
安全に。
安心して。
教育や医療。
子育てや介護。

その中心となるべきは学校ではないか?

学校に今以上の仕事を求めるのは酷ではないか?

そんな意見もあるでしょう。
でも、
ブラジル、アラカチ市で実施した活動の中から見えてくるもの。
それは、
学校の持てる力。
地域の中心となる得る場所。

さて。
ここからどのようなことができるのでしょうか?

たくさん頭の中にあることを整理して、
さぁ、
新たな一歩を!!

まだ言いたいことがあったので、
同じテーマでもう少し…

不登校というと、
なぜか悪いイメージはありませんか?
学校に行くべき年齢に行っていない子ども。
正しい行いのできない子ども。
(まぁ、正しいとは何なのか?ということも大切な議論ポイントですが)

今回の講演の中で印象に残った話の中の一つに、
不登校になった子ども達はほとんど、
というか全員、
その理由が分からないということ。

私自身はその事実を知っていたけれど、
確かに自分の娘が突然不登校となった時。
ちゃんと、

「いいよ。だいじょうぶだよ」
と言えるだろうか?

自分の意見が言えず、
自分に自信がない。
そんな子どもがたくさんいる現在。
自分の意見を言え、
自己主張できる、
我が娘は、
どれだけ恵まれているのだろうか。
そして、
なんと周囲に恵まれていることか。
そんな娘たちを周囲の人たちは丸ごと、
受け止めてくれているのだから。

そういった環境とそうでない環境。
何が違うのだろうか?

それはやっぱり人。
その人たちの感情、心。

フリースペースなど、
そういった場所に足を向けられる子どもは、
どれだけ救われているのだろうか。
不登校であっても、
その場所に行く、
外に出ることを許容できる、
そんな保護者でなければいけない。
それは実は、
簡単なことのようで、
難しいのかもしれない。

こうした”場”づくりをしている人達がいる。
そこを必要としている子ども達がいる。
そこに行けることを許せる大人がいる。

これからは多様な教育、
多様な生き方をしていく必要があります。
だからこそ、
今、
私たちは、
自分自身を見つめなおさなければいけないのかもしれません。

先日、
娘の小学校のPTAの活動の一環で、
講演会を聞きに行きました。

「フリースペース たまりば」で理事長をしている、
西野博之先生による、
「きっと、だいじょうぶ」
〜家庭・学校・地域に子どもの居場所をつくる〜

私自身は西野先生の話を直接聞いたのは初めてだったのですが、
私の考えと共通するものが多く、
かなり共感できる内容でした。

以前、“小1プロブレム”と言われていましたが、
今では4歳児にこれと同じような現象が起こっており、
保育や幼稚園現場では、
保育士や教員が対応に追われています。
そんな話をした矢先だったので、
今回の、

今、
子どもの暴力というのは、
教師や器物破損ではなく、
生徒間で起こっているという現実。
そして、
昨年と今年、
ダントツ1位となった、
いじめが一番多いと言われているのは小学校何年せいか?
という質問の答えがなんと、
小学2年生であるということ。
本当に驚きました。
こんなにも子ども達がストレスを抱えて生きている。
私たち大人は、
すぐにでも何らかの対応をしなければならない。
今回の講演会はPTAという、
小学生の子どもを持つ保護者が対象であったため、
そんな保護者に対して、
強いメッセージをたくさん話されていました。

そして、
ブラジルの中学生でもかなり多い、
リストカットなどの自傷行為。
それは日本でも同じ現状らしく、
大人の自殺者が減っているのに、
こどもの人数は増えていて、
小中高で年間320人に達しているということ。

親として、
教育者として、
私はいったい何ができるのだろうか?
子ども達が幸せに、楽しく過ごせる場所が、
どれくらいあるのだろうか?
そんなことを深く考えさせられる講演でした。

自宅に戻り、
講演会の内容を中学1年生の娘と話したのですが、
小学校の同級生の中に、
現在不登校になっている人もいること。
いじめに関してのポストに登校している人を学校で見かけたこと。
やはり、
私たちの身近で起こっている問題なんだと、
改めて痛感しました。

現在私はブラジルで主に活動していますが、
生きずらさを感じている子どもがたくさんいること。
それを私たち大人が受け止め、
まずは自分の周りから、
できることから、
一歩ずつ始めるべきだと思いました。

さて、
今日も娘の話に耳を傾けよう!

私たちが実施している、
「ライフスキルトレーニング」
教師へのトレーニングから、
その教師が自らの学校にて生徒に対する授業を実践する、
新たなステップへと入っています。

今日、
小さな学校での授業。
9年生(中学3年生)が対象でした。

始めは緊張しているのか、
静かにしていた彼らですが、
教師の語り掛けに応えるようになり、
途中からは自分の意見を述べ、
友達と話し合い、
それをまた周囲に伝えるという、
素敵な授業となりました。

この授業の最後。
ある生徒が言った言葉に、
授業をした教師は、
涙ぐんでしまいました。

「僕たちは、
いつも色々なことで悩み、
苦しんでいるけど、
今日、
僕たちが今、必要としていることを、
一緒に学ぶ機会を作ってくれ、
本当に感謝しています。
自分を知り、
自分を信じていくことで、
自信が持てるようになり、
生きていくことが楽に、
楽しくなっていくと思います。
そして、
友達や家族、
周りにいる人全ての人に対して、
同じような気持ちを持ってもらえるように、
自分に何ができるのか、
考えていきたいです。
先生、
いつもそばで見守ってくれていてありがとう。
先生、
僕たちが必要としていることを知っていてくれて、
ありがとう。」
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