光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 文化

節分とは、文字通り、季「節」の「分」かれ目のこと。
立春の前日が「節分」として広く定着している。

立春は2月4日であることが多いが、
今年の立春は「2月3日午後11時59分」と
1分だけ2月3日に食い込んだ。
このため、
「立春の前日」と定義されている節分も、
1日早まり2月2日となるのだ。

(一部抜粋)

節分が2月3日以外となるのは、
1984年2月4日以来37年ぶり。
(一部抜粋)

詳細は下記を参照

先日、
ウェールズ語の「HIRAETH」という言葉を知りました。
この言葉、
懐かしいとか、
郷愁とか、
そんな意味だけど、
日本語ではこれ!
といった意味に訳せないらしい。
そのことを知ったとき、
私の頭には、

「SAUDADE」

というポルトガル語が浮かびました。

そうなんです。
この2つの言葉、
同じ意味なのです!

私もよく、

今の気分って「SAUDADE」だよなぁ〜
と感じるときがあります。
でも、
この気持ちは、
なかなか日本人の友達には説明できないのです!

最近、
よく、
「SAUDADE」
って、
思います。

2020年がもうすぐ終わり、
2021年を迎えます。

そして私は今、
ブラジルに、
ブラジルにいる家族に、

「SAUDADE」

です。

人間にとって大事は何か。

兼好法師は、

「第一に食ふ物
第二に着る物
第三に居る所
なり」

と説いています。

そして、

「人皆病あり」

とつづけて

「薬」

を加えているといいます。

「閑かに過すを楽しびとす」

という兼好法師。
まるで今の私たちをみているかのような、
言葉。

心に留めておきたい言葉ですよね。

ブラジルといえば、カーニバル。
でも、北東部では、6月のお祭りと言われる、
Festa Juninaの方が、身近に感じています。
どこの村に行っても、開催されているこのお祭り。
今年は、残念ながら、見かけることはできないでしょう。
こうした伝統文化がなくなるというのは、私たちが考えている以上に、村人たちを憂鬱にさせているようです。

「子ども達になんとか、
6月のこの季節の雰囲気を伝えたい!」

カノアの先生達は、
今、
自分たちにできることをた、
準備しています。

どんなことができるのか。
今、
そのことがとても楽しみです。
分かり次第、
皆さんにもご報告しますね。IMG_20200618_205549_103

毎年9月に入ると、
あちこちから、

「もうすぐ○○海岸で、
Regata(レース)があるらしいよ」

という話が聞こえてきます。
私が住むアラカチ市では、
海岸沿いの全ての地域で開催しているのではないかというほどです。
10、11月の週末は必ずどこかの海岸で、
開催されているほどのRegata。
一番の醍醐味は、
この“Regata”が、
漁師たちが企画し、
漁師たちによる運営で、
漁師たちが自分のJangada(帆船)でレースをするという、
漁師のためのお祭りだということです!!

エステーヴァン村でも毎年9月7日の独立記念日の日に開催されていましたが、
観光地であるカノアでも開催されるようになり、
なおかつ、
近年では1〜5位までに与えられる賞金の額が年々吊り上げられ、
それを確保するのが難しくなり、
3年ほど前を最後に、
エステーヴァン海岸でのRegataはなくなってしまいました。

始まった当初は、
苦しい漁だけではない、
みんなで楽しむ日があってもいいじゃないか!
というお祭りだったのですが、
イベントが観光化されてくると、
装いが変わり、
次第に大きな大会へと変化していったのです。

アラカチ市では、
市をあげての“Regata”として、
いつもエステーヴァン村の隣の海岸である、
Majorlandia(マジョランジア)開催のRegataを支援しています。
私も家族みんなで、
見に行ってきました。
そして、
彼と義父は最後まで感染するというので、
娘たちと私は、
一緒に海岸を歩いて自宅まで行くことに。
疲れるかと思いきや、
話をしながら、
ウォーキングを楽しんだのでした。
(日焼けは大変なことになってしまいましたが)

さて、
今度はどこの海岸で行われるのでしょうか?
これからは、
毎週末が楽しみです!
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多文化共生とは、
「国籍や民族などの異なる人々が、
互いの文化的ちがいを認め合い、
対等な関係を築こうとしながら、
地域社会の構成員として共に生きていくこと」
(総務省:多文化共生の推進に関する研究会報告書より)
です。

多文化主義とは、
「一つの国で様々な言語・文化が共存することを素晴らしいと考え、
その実践に努めること」
(歴史人口学者:エマニュエル・ドッドより)

同じ“多文化”という言葉を使っていても、
解釈は異なるのだと、
下記の記事を読んで知りました↓
https://www.yomiuri.co.jp/commentary/20190227-OYT8T50146/

共に生きていくことを前提とし、
自身の文化に自信を持ち、
お互いの文化を認め合う。

現代に適応していく中で、
自己を見失わないように努める。

その気持ちが今、
とても重要な気がしています。
そんな思いを再確認できた、
上記の記事でした。

海外に住んでいると、
郷に入っては郷に従えではないですが、
食事の仕方や、
そのマナーなど、
その国や、地域のやり方で行うというのが、
一番失礼のない方法ではあります。
ただ、
日本人として、
私を含め、
娘二人もですが、
食事をするときには必ず、

「いただきます」

といってから、
食事を始めます。

私自身は娘たちに

「あなたたちのひいおばあちゃんだけど、
食事の前にはきちんと、
「いただきます」
と、
感謝の気持ちを込めて、
言ってから食べなさいって教えられたの。
目の前にある食べ物だけでなく、
私たちがこうして生きているのは、
たくさんの人の力があってこそだからね。」

と話してきました。

http://toyokeizai.net/articles/-/149451
しかし今回この記事を見て、
「いただきます」にはそれ以上の意味があるのだということを知り、
今まで以上に
「いただきます」
の大切さが理解できました。

日本人として、
この習慣は、
いつまでも続けていきたいものです。

私が住むカノア・ケブラーダ地区には、
様々な伝統が残っています。
その中には、
少し前まで失われる寸前だったものが、
数年前からまた、
大切なものとして、
継承されていくようになったものがあります。
その一つに、

「Danca de Coco(ヤシの実のダンス)」

というのがあります。

漁村のこの村で、
大人の遊びとして、
行われてきたもので、
10数年前まで、
忘れ去られていた踊りでした。

私たちの活動の中に、
「伝統文化の継承」
というものがあります。
保育園や学童教室の中で、
村の高齢者に話を聞いたり、
実際に体験したりして、
昔の生活、
遊び、
などを子ども達に知ってもらうというものです。

2003年、
Danca de Cocoという踊りがあることを知り、
今でも歌い、踊れるという方を呼び、
子ども達と共に踊り、
歌いました。
子ども達はその歌を1ヶ月、
いやそれ以上歌い、踊り続けました。
そこで、
週に一度、
この踊りを教えてもらう日を、
学童教室に取り入れたのです。
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あれから13年。
当時保育園に通っていた一人の男の子、
Tomaz(トーマス)。
彼は今、
このグループの中心的な存在となっています。
それを誇りに思い、
ある発表の日、
彼は自分が子どものころに初めて知り、
好きになり、
背中を見ながら覚え、
今では自分が子どもたちに教えている。
それがあまりにも嬉しい。
涙を流しながらその話をしていました。

今回第6回目を迎えた、
「Encontro SESC Povo dos Mar」
というのがあります。
セアラ州沿岸地域の伝統文化を集め、
互いに思い出し、
学びあおうというものです。
エステーヴァン村のDanca de Cocoも、
第1回目から参加しており、
今回もまた、
参加しました。

私は初めて参加させてもらったのですが、
子ども達の興奮、喜び、
村人たちのスピーチ…
本当に素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。
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Danca de Coco。
このグループには今、
下は5歳〜35歳までの人が参加しています。
時にはそれよりも上の年齢の人、
昔を思い出して踊る70代のおばあさんもいます。
こうした活動が、
これからも続いていくことを願って…

皆さん、
「サードカルチャーキッズ(TCKs)」って言葉を聞いたことがありますか?
恥ずかしながら私は、
聞いたことがありませんでした。
簡単に説明すると、

“サードカルチャーキッズ(TCKs)とは、
1960年代にDr. Ruth Hill Useem によって生まれ、
人格形成に影響を及ぼす時期や思春期を
母国以外の文化圏で何年も過ごしている
或いは過ごしたことのある子ども達のことを指す。”

そうです。
また、
私達がよく使う、
「帰国子女」
という言葉がありますよね?
それとどう違うのかというと、

“帰国子女とは、
「異文化を背負って日本へ戻ってきた子ども達」
であり、
TCKsとは、
「経験によって形成された人格を持つ子ども達」”

となります。
よく分かりませんよね?

要するに、
TCKsとは『サード・カルチャー・キッズ』、
つまりサード・カルチャー(第3の文化)に
属する子ども達のことである。
第3の文化とは・・・
第1文化=両親の国または、自分の血のルーツとなる国
第2文化=親の仕事の関係で住んだ国母国以外、つまり外国
第3文化=第2文化に出来た自分の住む世界。
となり、
故郷や国籍、
そういったものがあいまいであっても、
自分自身の経験をもとにした独自の文化を持っている子ども達ではないか。
と、
私は理解しました。
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この考え、
私にはすごく新鮮で、
しかも、
とてもしっくりきました。
というのも、
私の娘達はまさしく、
「TCKs」であるといえるからです。
例えば彼女達に

「どこからきたの?」
と聞くと、
「日本とブラジル」
と答えます。

「日本人なの?それともブラジル人?」
と聞くと、
「どっちも」
と答えます。

文化背景として、
彼女達には2つの文化があり、
それが自然と彼女達の中に育っているんですよね。

「TCKs」

という概念を知ったことで、
それが私自身の中で頷けるものとなりました。
この研究、
日本でもにわかに注目を集め始めているそうなので、
早速本を購入してみたいと思いました。

この話に関してはまだまだ言いたいことがたくさんあるので、
その続きはまた今度…

2週間という短いあいだでしたが、
現在、
ポルトガル語の勉強のためにブラジルに来ている、
日本人が、
ボランティアとしてきました。
彼女には、
学童教室での授業の他、
教職員に向けたワークショップの実施をお願いしていました。
彼女が行ったワークショップの中で、
一番印象的だったのが、

『モノを観察する』
エクササイズの中での出来事でした。

私達は、
モノを見るときに、
それがどういうモノ(人)なのかをまず観察します。
日本人である私には、
表面的に、
客観的に観察する方が、
とても簡単でした。
しかし、
現地の教職員の殆どは、
表面的に観察していると思いきや、
既に、
そこに感情を入れており、
モノに対しても、
すぐ「擬人化」してみていることがわかりました。
というのも、
このエクササイズの最後に、
観察したものを「自分」として表現するというものがあったのですが、
すべての教職員は、
観察している段階で、
その「モノ」の人生を思い描いていたのです。
中には、
その「モノ」の半生を物語として書いている職員もいました。

このエクササイズを通して学ぶこと。
その目的とは異なることではありましたが、
大きな発見がありました。
ブラジルは、
この文化背景があるからこそ、
“情熱の国”
と言われるのかもしれません。
しかしまた、
すべてを感情的に捉えるのではなく、
客観的に捉えることも
学んでいかなければならないでしょう。
特に私たちのように、
保育園や学童教室で働いているのならば余計に…

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