光の子どもたち in Canoa

ブラジル東北部にある小さな漁村から発信する報告日記。大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

タグ:保育

6月8、9日。
私は久しぶりに、
清里の清泉寮に行きました。

10年近く前、
この場所で行われた同じ集まり、
「エデュカーレ全国読者交流会」のために、
私はこの地を、
小さな長女とともに訪れました。
そして今年。
この時期に日本にいることが珍しい私は、
嬉しさのあまり、
募集と同時に参加希望のメールを出していました。
そして今回は、
小学6年生となる次女とともに訪れました。

2日目。
「ぐうたら村」
と名付けられた保育者のための場所で、
娘と共に森や田畑を散策。
霧雨が降り、
視界は数メートル先が見えないほどの霧。
そんな中でも、
娘もうきうきと楽しそうに、
生物や植物の話を聞いていました。

そこで聞いた汐見先生の話。
『レイバーとは、
人が生きるために必要な行為。
ワーク = 作品とは、
より価値のある、より良いものにしていく行為。
アクションとは、
行動を実際に行うこと。
昔、
小さな村を出て、
より良いものを作ろうと集まった人たちは、
都市(city)を作った。
自分達で、
皆のために必要なものを議論し、
作っていく場所。
今までの、
半年間閉ざされても生きていける場(community)とは異なる、
知らない人たちが集まり、
目的のために創り出していく。
それこそが、
アクションである。
そして、
今の私達には、
このすべて、
レイバー、ワーク、そしてアクションが必要なのだと。
社会とは、
知らない人と生きなければいけない場所と定義できる。
その中で豊かな社会を保てるのは、
せいぜい人口最大6万人程度であるだろう。
とすると、
今の社会は、
とっても生きづらく、
困難が多い社会であるといえるのだ。』

私たちは今、
どんな世界を子どもたちに残していきたいと考えているのだろう?
次女のわくわくしたその好奇心の塊を、
興味津々のその目を、
失わずにいられるように。
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私が購読している、
「エデュカーレ」という冊子があるのですが、
そこに記載されていて、
編集長でもある、
汐見先生の言葉に大きくうなずいてしまった。

私はよく、

「子どもを信頼し、
見守ることが大切だ」

と、
遊びなどの場での親や保育者の在り方として話すことが多い。
しかし、
勘違いしてはいけないのは、
見守るということは、
何かあった時にすぐに助けられる場所、
声をかけられる場所に、
私たちがいるということであり、
自分たちが主体で指導しているときよりももっと、
五感を全て、
するどく、
研ぎ澄ましておく必要があるということだ。
ただ見守っているだけで、
子どもが必要な時に動かない、
それは、
ただの放任であって、

「見守る保育」

ではない。

ただ見ているだけなんて、
なんて簡単なんだ!!
と思っている人、
それは違います。
子どもの主体に任せているからこそ、
私たちは神経を10倍も、100倍も使うのです。
その子どもたちの吐息に耳を澄ましながら。

先に紹介した汐見先生の言葉に、
「保育は、あくまでも、
子どものそばで
「あなたは何がしたいの?」
そして
「あなたは何をしてほしいの?」、
この二つについて心の中で聞き、
観察することです。」
とあります。

「見守る保育」

それがどんな保育なのか。
ぜひ皆さん、
もう一度、
問い直してみてください。

あけましておめでとうございます。
旧年中は格別のご厚情を賜り、誠にありがとうございました。
「光の子どもたちの会」として任意団体として立ち上げたのが2006年。
おかげさまで14年目を迎えます。
現地での活動においては、長く中心となり支えてくれていたスタッフが旅立ちを迎え、
新たな形として歩き始める本年。
「子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに過ごすためには?」という基本精神を今一度思い出し、
地道に、ひとつずつ、目の前のできることから取り組んで参りたいと存じます。
本年も変わらぬお引き立ての程よろしくお願い申し上げます。
皆様のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。

2019年1月
特定非営利活動法人 光の子どもたちの会
代表 鈴木真由美
http://criancasdeluz.org
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2b821e7d.JPG8月9日(土)。
文京シビック会議室にて、
報告会を行いました。
8月の、
お盆直前であるにもかかわらず
参加してくださった皆さん、
本当にありがとうございました。

今回、
「本当の豊かさってなんだろうか?」
「子どもが幸せでいるということって?」
ということを、
事例を出しながら話させていただきました。

皆さんとの質疑応答の中で、
「子どもの本質って世界どこでも同じ」
という言葉。
印象的だったと同時に、
「では子どもの本質ってなんだろうか?」
という質問が出た時に、

そうだよな。
それって何なんだろうかって、
深く考えたことがなかったなぁ〜


と、
また一つ課題を見出すことができました。
村が存続していくためには
その村が魅力的であり続ける必要もある。
子どもが天使のように見える場所。
だからこそ、
そんな姿を残していきたい。

これからどんなことができるのだろうか?

また一つ、
大きな挑戦が始まったような気がします。

c7eb2c02.JPG私がカノアの子ども達と関わる中で
学んでいること。
実は、
本当にたくさんあります。

そして、

子どもが子ども時代に子どもらしく幸せに過ごしていくこと。

その大切さを痛感させられるのも
カノアで子ども達やその家族と
関わっているからなのだと思います。

そんな思いを、
皆様に聞いていただけるように
下記のように報告会を開催します。
ご興味のある方は
お誘いあわせの上、
ご参加いただけますよう、
お願い申し上げます。

**********************************************************************

“カノアの子ども達から学ぶ”

日時:8月9日(土) 18:30〜
場所:文京シビック 会議室
参加費:1000円

主催:いろり会

※参加したい方は当日会場までお越し下さい。

昨年、
日本一時帰国中に
娘を連れて公園に行きました。
そのとき、
娘が葉っぱや木の枝、
石などを使って楽しく遊んでいたのですが、
それを見ていた親子が
必要以上に玩具の貸し出しを申し入れてくれ、
それを拒否した娘に対し、
一瞥をくれ、
その場からいなくなってしまった・・・
という経験をしました。

この経験は、
私にとっては衝撃的で、
「日本における遊び」
ということに対して
かなり深く考える機会となりました。

そして今年。
毎日のように公園に行くのですが、
子ども達、
その保護者、
遊びに対してや子ども達に対する物腰が
昨年とは大きく違うように感じました。

虫を追いかけている子ども。
自然を使ってのままごと。
走り回る子ども達。
それを見つめる保護者・・・

なんだか嬉しくなってしまいました。

一年。
長いようで短い期間。
でも、
人間として必要な
豊かなこと。
それが再び
根付きだしたように感じている
今日この頃なのです。

今日、
8月19日に
日本を発ち、
カノアへ向かいます。
あっという間の一ヵ月半。
やり残したことは山ほど。。。
そして、
ギリギリまで、
荷物も片付かず、
汗をかきかき、
スーツケースにつめている私・・・
いつも100g単位での戦い。
出来るだけたくさんのものを
カノアの子ども達に、
職員に、
村の住民に、
我が家に持って帰りたい。
でも、
重さとの戦いに敗れ、
持っていけないものもたくさんあります。

日本食。
いつも最後には最低限のものしか持っていけず、
涙ながらに実家においていきます。

古着。
子ども達や、
漁師さんの顔が浮かび、
『あっ、これはあの子に、この人に・・・』
しかし、
やはり全てを持っていく事が出来ず、
日本においていくものもあります。

日本では役に立たない、
ゴミ箱にいってしまうようなものも、
カノアでは宝物となったり、
子ども達や、
村の住民達が
笑顔一杯に
『ありがとう!!』
といって、
かえっていく姿を知っているだけに、
できる限りもっていきたい。

さぁ、
出発の間際までこの戦いは続きます。
どんなものを届けられたのか。
皆さま、
報告をぜひ楽しみにしていてください♪

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