光の子どもたち in Canoa

日本とブラジル、2つの国の中から感じたこと、気づいたことを発信するなんでも日記。ブラジルからは、大自然を今に残す“カノア”における奮闘の日々をお伝えします。 『本当の豊かさってなんだろう?』キラキラ輝く子ども達の目に惹かれてやってきたこの村。『子どもが子どもらしく子ども時代を幸せに生きるためには?』という疑問を探す旅は今も続く・・・

カテゴリ: 日本

2026年も早いもので、
5月となりました。
5月のことを「皐月(さつき)」とも言います。

“皐月”の“さ”は、田の神、
あるいは、田の神に捧げる稲を表すといわれます。
また、
“早苗月(さなえづき)”の略だとする説もあります。

だそうです。
「早苗(さなえ)」とは、
稲の苗が苗代(なわしろ)で育てられ、
20cmほどすると田植えをするのですが、
この頃の苗のことだそうです。

「早苗(さなえ)」さんって知り合いにもいますが、
もしかしたら、
5月生まれなのかな?
とふと考えてしまいました。
今度聞いてみます。

5月は田植えに関する言葉で表されることが多いようで、
それも、
この時期に田植えが始まるからかもしれませんね。

日本語って、
本当に面白い!


木の芽時(このめどき)とは、

「樹々が新芽を吹くころ。早春。(コトバンクより)」

という意味があります。
それと同時に、
移り気な春の空模様が、
自律神経を乱すことから、
心身の不調に注意するときに、
この言葉が使われます。

暖かい陽気と、
冷たい雨。
草木が芽吹くときに、
人の心が迷い出す。
そんな時期でもあります。

この時期を前向きに過ごせるよう、
春の訪れを楽しみたいものです。

日本では、
1月のことを
「睦月(むつき)」
と呼びます。

<なぜ「睦月」と呼ぶのか?>
睦月は、
「睦び月(むつびづき)」が略されたものというのが、
一般的な説です。

「睦(むつ)ぶ」とは、
仲よくすること。
新年を祝って、
家族や親族が集まり、
睦び親しむ月だからというのです。

(参照:https://u.lin.ee/w9KQTpm?mediadetail=1&utm_source=line&utm_medium=share&utm_campaign=none&ep_list_account_id=oa-weathernews&ep_list_slug=644z99po58xo)

ブラジルでは、
お正月ではなく、
クリスマスの日に家族や親族などが集まります。
ということは、
ブラジルでは
「12月=睦月」
となっていてもおかしくはないですよね。

2026年。
新しい年がはじまりました。
人は一人では生きていけない。
だからこそ、
仲良く、
それぞれの強みを生かし、
弱さもさらけだし、
共に楽しく過ごせる一年となりますように。

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ことわざの中に、

「果報は寝て待て」

というのがある。
我が家の二女は受験生だが、
出願した今、
ドキドキが止まらないだろう。
そんな彼女にぴったりのことわざではないだろうか?

誤解されがちだが、
このことわざの意味は、

「よい結果を得るためにしっかり努力したのだから、
くよくよと不安を抱えずに待ちましょう」

二女自身にぜひ、
自分の励ましを込めて、
ぜひ使ってほしい。

"果報は寝て待て"

大阪万博が開催され、
回転寿司には、
パラオ料理があるそうです。
話題の料理は、
「アホ」
ココナッツミルクを使った、
お汁粉だそうです。

二女と話していると、
学校でパラオのことを学んだとき、
世界で唯一、
日本語を公用語にしている国ということで驚いたと話していました。
日本が日本語を公用語にしていないことにも。

戦争で統治された国。
それでも、
日本を愛してくれている国。
パラオにもいつか、
行ってみたいです。
行く機会はあるかなー?

<Wikipediaより>
日本語は日本の事実上の公用語ですが、
法的に定められた公用語ではありません。
また、
世界で唯一日本語が公用語とされているのは、
パラオ共和国のアンガウル州です。

先日、
谷川俊太郎さんが亡くなりました。
ちょうど先日購入した絵本を翻訳したのが谷川さんだったので、
素晴らしい方がまた一人亡くなってしまったと、
淋しい限りです。

谷川俊太郎さんの詩に、
「生きる」
というものがあります。
その中でも、

"生きてるということ
今生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ"

この最後の部分が好きでした。
ぜひ全文を皆さんにも知って頂けたらと思い、
勝手ながら共有させて頂きます。

==========
生きる
谷川俊太郎

生きているということ
いま生きているということ
それはのどがかわくということ
木もれ陽がまぶしいということ
ふっと或るメロディを思い出すということ
くしゃみすること
あなたと手をつなぐこと

生きているということ
いま生きているということ
それはミニスカート
それはプラネタリウム
それはヨハン・シュトラウス
それはピカソ
それはアルプス
すべての美しいものに出会うということ
そして
かくされた悪を注意深くこばむこと

生きているということ
いま生きているということ
泣けるということ
笑えるということ
怒れるということ
自由ということ

生きているということ
いま生きているということ
いま遠くで犬が吠えるということ
いま地球が廻っているということ
いまどこかで産声があがるということ
いまどこかで兵士が傷つくということ
いまぶらんこがゆれているということ
いまいまが過ぎてゆくこと

生きているということ
いま生きているということ
鳥ははばたくということ
海はとどろくということ
かたつむりははうということ
人は愛するということ
あなたの手のぬくみ
いのちということ

先日娘と神社とお寺について話していたとき、「七五三」についての話がでました。
さて、
七五三にはどんな意味があるのでしょうか?

「七五三は、
一般的には子どもが3歳、5歳、7歳に当たる年の11月15日に神社などに参拝する慣わし」

となっています。
諸説ありますが、
「『7歳までは神の子』という言葉があるほど、
子どもが無事に育つのはありがたいこと」
今よりも医療が発達していなかった当時、
子どもの成長を祝う儀式として、
公家から始まり、
江戸時代には裕福な武家、
明治時代には庶民の間でも行われるようになったそうです。

なぜ七五三?というと、
三歳:髪置(髪の毛を結えるほど成長した証)
五歳:袴置(袴を着れるほど成長した証)
七歳:帯解(帯のある着物を着れるほど成長した証)
だそうです。

参拝の仕方は地域により異なるようで、
氏神様だけでなく、
それ以外の神社や寺社にお詣りしても問題はないようです。

年齢も数え年でも満年齢でも問題ないらしく、
我が家は長女が数え年で7歳、
次女が満年齢で3歳のときに一緒にお祝いしました。

これから着物姿の子ども達をあちこちで見かけるのことができることを、
楽しみにしています。

「頭寒足熱(ずかんそくねつ)」
とは、
その名もずばり、

「頭を冷やして、
足を温める」

ということ。
これは、

"病気知らず“

のことだと言います。
季節の変わり目。
気温差も大きく、
体調を崩しやすい時季。
自分の体と心に耳を傾けながら、
体調を整えていきたいですね。

猛暑が続き、
そとに出るのも、
何をするのも億劫になりがちな今日この頃。
ですが…
今日、
8月7日から、
二十四節の「立秋」が始まります。
暦のうえでは、
"秋"…

8月21日まで立秋なので、
お盆が終わる頃には、
少しは秋らしくなっているかな!?

昨今は9月に入っても暑い日が続いていますが、
体調に気をつけながら、
過ごしていきたいですね。

「ください」と「下さい」は、
表記の違いがありますが、
基本的には同じ意味として用いられることが多いです。
この二つは、漢字とひらがなの違いによる表現のニュアンスが異なります。
(下記参照より一部抜粋)

とは、
どういうことでしょうか?
「ください」
を使用すると、
相手に敬意を表す、
丁寧な依頼となります。
意外かもしれませんが、
ビジネスの場面では
ひらがなの「ください」、
カジュアルな文章の方が
漢字の「下さい」
を使用することが多いようです。

どちらも敬語であり、
意味は同じですが、
ビジネスとカジュアルの場面では、
上記のように使い分けると良いですね。

下記参照


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